夢追い旅

日常

「課長変なんじゃないか?」
 窓際に座っている年嵩の社員が、いつもの挨拶のようにみんなに問いかける。
 周平は先月からリーダー格のマネージャーから、突然新規プロジェクトチームの課長に昇進した。これは舅の取締役の肝煎り課で、今まで数人でしていた室が拡大したのである。社内では何をしているかわからない不思議な存在のようである。
「エリートのすることは分からんね」
 一番年上の35歳になる係長が相槌を打つ。彼が今までは出世頭の室長だったのである。彼自身、今回の人事については大いに不満がある。それで古い社員を巻き込んで、課の反対派の中心みたいになっている。でも今回の課の人員構成からは野党ぐらいの力しかない。それに彼自身この課の存在意味が見えないでいた。常に取締役から一方的に仕事が降りてきて、何のためにするのかということもわからず、こなしてきたにすぎない。会社の中には、こういう一般の社員が何をしているのか関心も持たない部署があるもののようである。時々話題になるとは、そうした部署の人間がある日表舞台に出世して登場するからである。
「加瀬君。今日は君が例の夜の席に出てくれないか?」
 今の周平はすっかり課長の口調に慣れきっている。周平は30歳になるのに、あと数か月ある。周平は、部下の反応にはお構いなしに、背の高いこの会社好みの高そうな課長椅子にもたれて、棺桶とあだ名のある鍵付きの書類箱を開けて、ファイルを取り出してきては、しかめっ面をしてみせる。
「はあ」
 とテンポを外した係長の声がする。
「今日はS工業の専務が来る。顔は分かっているね?この封筒を渡してくれたらいい」
「二次会は?」
「どちらでも。まあ 下のつながりも必要だから、領収書をもらってくれ」
 周平は、ファイルを何冊か取り出すと、返事を待たずにもうドアをでてゆく。





 
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

種の出現

 卒業してから周平とは全く交渉がない。5年後、たまたま偶然に大阪に出張した時に、ふと周平を思い出して携帯をかけると、その夜に東京から大阪に来るということで再会した。さしたる時間がないので、現況の報告をビールを飲みながらした。もらった名刺には東京本社の商事会社。肩書に営業マネージャーとあり、
「来月にはこの名刺が変わるんだ」
と、結婚の話をした。
「どういうわけか、娘婿になることになったんだ。うちの会社の取締役の一人娘をもらうことになった。それですでに鈴木周平の名刺は出来上がってるんだ」
そう言いながらもう1枚の名刺もくれた。どうも玉の輿に乗ったそんな風にその時の私は受け取った。
 ここで自分ことを書くのは恥じるが、私は大学を卒業はしたが、学生運動がたたって1年ほどアルバイト生活に明け暮れていて、ようやく大学の紹介で京都の小さな印刷会社の見習い経理に採用された。そのうちに月並みに恋もして、同じ職場の経理担当の先輩節子と結ばれることになった。近くの文化住宅に住まいしながら、同時に続けていた同人雑誌もやめて、女の子を持つ平凡極まらないパッとしない父親になってしまっていた。でも 本人はそれほど不満でもない。
 本当によくあるちょっぴり現実から離れた大学時代のノスタルジーに酔いしれて、軽い相槌をしながら、周平の物語を書き記す約束を安易にしてしまったのである。それから 周平の大学ノートが何冊も送られてきた。2冊目までは、無造作に机の引き出しに投げ入れられていたが、いつも間にか、自分が周平の分身になっていく恐ろしさに夢追見るようになっていた。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

松七五三聖子

あの頃は、学園紛争が正に大学で百花争鳴の時代で、何が正しいのかよく分からない時代であった。ノンポリであった私と周平は、散々追いつめられて、肌を寄せ合うこととなった。常に、二人はどこかのセクトから勧誘を受け続け、逃げる口実を探しては、友達の中を逃げ回っていた。でも、二人が完全に逃げ切れなかったのは、二人なりの本能だったように思う。
 その集団の中に、松七五三聖子というリーダー格の女がいたからである。変わった名前だったから、私は読み方を尋ねたように思う。
「マツシメ」と区切って発音した。無感動なカラカラした声だったが、いつもそうして説明していたのだろうと思う。周平は、彼らしくノートに黙って名前を書き込んでいたが、私は、心の中に画像として彼女の表情を取り込んだ。決して美人の部類ではない。可愛いのでもない。今目を閉じても、輪郭もおぼつかない。眼の光だけが強く印象に残っている。これが魔女と呼ぶに相応しいのか、確かにこの時まで生きてきて、初めて会った人種だった。

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

ある男

常識とか、日常というものは、少なからず人間が作ったものである。これによって人は一応の物差しや安全弁として生きて行けているようである。これを疑ってしまうと、その日から25時間というとんでもない空間に投げ出されてしまう。革命というのは、これは急激な物差しの作り変えである。作り変えには多大な犠牲が伴う。教育は時間をかける修正である。法律は名文化である。適応することが一番無難な行為である。
 私がこんなことを書き始めたのは、私の物語を書くにあたっての前書きではなく、私の友人である、ある男の奇妙な事件ーこれを一言で事件と呼ぶのがいいのか、読者の判断にゆだねたいーを書くにあったっての私なりの導入部分とみていただければよいかと思う。
 私の友人であるある男、鈴木周平という。大学時代は田辺周平と言っていたから、たぶん私の記憶では養子に行ったように思う。
 周平は、非常に勤勉な男で、その頃の不良の真似事をしていた私とは違って、同じゼミにいても最初の頃はほとんど口を利かない関係だった。ゼミが終わると、周平は図書館に直行する。それがどういう因果か、自治会委員に二人して選ばれてしまったのである。私の場合は同人誌仲間の予算取りで担がれた不純な動機だったが、これは後から漏れ聞いた話だが、周平は自治会に掛け合って手を挙げたようだった。

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ジャンル : 小説・文学

夢の種

 酒をかなり飲んだ人なら、こんな記憶があるかもしれない。
 ぐてんぐてん酔うと、人間は、ある程度個人差はあるが、どうも本能が優先されるようである。日頃心の奥底で眠ってしまっていることが無意識に口についてきたり、暴力的になったり、性欲が爆発したりする。それが本来の自分なのかよく分からない。そして記憶が混濁しているうちに、我が家にたどり着いて目を覚ますのである。
 ある時から こんな不思議な記憶に取りつかれてしまったのである。私の家は大阪にあるのだが、大阪にも東京の山手線のように、円を描いて走っている鉄道がある。その大阪環状線の駅の一つの京橋という駅で降りて、私鉄に乗り換えて20分というところにある。
 ある日、いつものように酒を飲んで、天王寺の駅で同僚に手をあげて列車に乗り込んだ、その記憶はあるののだが、そこからの記憶が全く飛んでしまっている。大阪環状線も内回りと外回りがあって、どうもどちらに乗ったのかも怪しくなっている。無限の円周運動を続けているような錯覚がある。
 ひょっとしたら私のほかにも、こうした不思議な記憶をした人も多いかもしれない。端々の途切れ途切れの記憶では、目が覚めて慌ててホームに降りているのである。それは時として玉造であったり、大正であったりするが、自分がどちら回りに乗っているのかが判断できず、延々と京橋にたどり着くことがない。半ば諦めに似た気持ちで列車のソファーの虜になる。ピリオドがない円周運動ほど恐ろしいものはない。もし、一日が25時間あるとしたら、私は永遠に環状線を回る人生を送るかもしれない。これは漠然としているが、いずれその時間の谷間に陥るのではないかという、恐怖心が心の片隅にしっかりと根を下ろしたように思うのである。
 

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プロフィール

夢人

Author:夢人
これは30年前から書き始められた小説です。
日記風に手書きされた原稿にもう一度読み返して書き加えたものもあります。この小説は本来活字にはしないことにしていましたが、某社長がなくなれた記念碑で発表を決意しました。

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