夢追い旅 2016年10月

対抗馬

 任意で呼ばれた柳沢だが、警察は証拠不十分で釈放した。同様にやくざの兄貴も最後の決め手がないようだ。柳沢も舅と同様にM商事を辞めている。釈放された日はやくざの妹のママが車で迎えに来たようだ。これは轟の報告だ。彼は黒崎からも柳沢の動きの調査を受けているようだ。
 今日は珍しく代議士の私設秘書から飲まないかと誘いを受けた。
「また庶民的なところで」
 新橋の路地裏のスナックである。ケイ君にはぴったりの店の臭いがする。
「ここなら呼ばれても国会議事堂に近いからな。もう10年になる」
「急な話でも?」
 ビールの小瓶を抜いてもらう。秘書はウイスキーをロックで飲んでいる。
「総理になったら私設秘書はほとんどお呼びじゃない。第1秘書と毎日こそこそやってるよ。第1秘書は上司にでもなったように指示ばかりだ」
「それはこちらも同じですよ。社長もほとんど顔を見せない」
 何となく境遇が会う。ただ周平はそれを不満と思っていない。初めて自分の意志で物事を動かしている気がしている。
「赤坂のことを最近書かれているが、相手はつかんでいるのか?」
「ええ、相手は黒崎という代議士の秘書上がりのブローカーですよ」
「黒崎か、あいつならよく知っている。昔大物の代議士の私設をやっていた。それが金を抓んで追い出された」
「じゃあ、Yテレビは?」
「それがYテレビさ。あの時のYテレビの社長からの金をそのまま懐に入れていたんだ。でも仕事は彼がこなしていたという話だ。案外裏の仕事は秘書がしていて、代議士は知らないことが多い」
 やはり繋がった。
「それでこちらもあの裏の会社で顧問会社でも始めようって考えている」
「独立?」
「いや、そのくらい認めさせるさ。それくらいのことはしてきた」
「力を貸しますよ。社長も黒崎と縁を切ったので話に乗ると思いますね」
 黒崎の対抗馬と頭に浮かんだ。











スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

金づる

 周平は今二枚の名刺を使い分けている。Nビルの秘書室長は表向き旗手社長のグループ会社になるので、どちらの会社に入るのも勝手だが、ただベンチャーの本社にも秘書課がありそちらがメジャーだ。代議士界で言うと私設秘書という感じだ。もう一つはNプランニングの社長という肩書だ。まことに怪しいイメージだが周平はこの名刺が気に入っている。
「今日はミーさんは一緒じゃないのか?」
 Kジャーナルに遠くない轟の馴染の喫茶店で落ち合う。
「ミーは沖縄だよ。社長と同伴だ」
 どうも轟もケイ君もミーに関心が移っている。周平も最近は男だと思わなくなっている。つっけんどんな言葉を吐くが女より女だ。
「ちょっとやばいところまで踏み込んでしまったぜ。そっと関係を薄くしたかったんだけどな」
「ちゃんとお金出すんだから」
 お金はNプランニングから出している。こういう資金も旗手社長から自由裁量でいいと言われている。取り敢えず言い訳のようにミーには毎回伝えている。
「黒崎のところの運ちゃんを昨日は飲み屋に接待した」
 お抱えの運転手だ。どうも彼を抱きこんでいるようだ。
「最近4回Yテレビの本社事務所に通っているということだ」
「Yテレビ?」
「彼の言うのにはそこの会長も黒崎が言う裏のメンバーの一人らしい。二度目は鈴木さんも一緒に行ったらしいよ」
 それで少し思い出した。舅はM商事の元会長に頼まれてYテレビの用地買収の仕事をしたと言っていたことがある。会長のメンバーの一人だと言っていた。
「運ちゃん曰くだが、もともと黒崎はYテレビの会長と組んでいてM商事に乗り換えて、次はベンチャーの社長にという流れだと言っている」
 彼らしい派手な動きだ。
「Yテレビは大のベンチャー嫌いだぜ」
「なるほどな」
 黒崎も舅も次の金づるを見つけたところなのだろう。









テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

危険な臭い

 嫌がる轟に最近のKジャーナルの調査を頼んだ。
 いよいよカオルの出産がまじかになってきたので、団長は見舞いの後赤ちゃんの衣類などの買い物に出かけた。カオルが最近周平がお昼に来ないので食事を食べ残しているという。
 周平は小林の関係者を裏の会社から外し、新しく5社の新会社の受け入れを終えた。それから各子会社を自分の足で回ってみる。裏金作りが柱で運用されているので、事業として考えられたことがない。周平は訪ねて回るたびに問題点をメモに書きとめる。問題点は多いが事業として面白いものも多い。その点、ミーは淡白で放任主義だ。おそらく会社の運営経験がないからだろう。
「運営についての意見書は社長に見せてくれた?」
 二日酔いで薬を飲んでいるミーに声をかける。
「任せたってよ」
「ほんとに見せた?」
「ベットの上で表でも使えたなあと言っていたわ」
「ホテルに行く時間があるのに、ここに来る時間がないとはなあ」
「社長にそう伝えておこうかしら。そうそう忘れてしまうところだった」
 ミーはバンドバックから折りたたんだ雑誌を出してきた。
「例の黒崎が株を分けてもらえなかったと愚痴をこぼしてたそうよ」
 赤坂の記事にS銀行と旗手社長の繋がりが書かれてある。もちろん田辺記者の記事だが、これは舅の持っている情報ではない。黒崎自身がS銀行と旗手社長を結びつけた内容だ。黒崎は赤坂の情報をどこから仕入れて来たかは不明だが、S銀行がM商事に融資したと同時に旗手社長に持ち込んだと思える。わざわざ『第二の赤坂地上げ』と見出しまでつけて、2400憶というS銀行経由の借入額を公表している。
「黒崎から電話は?」
「留守電にして取ってないようよ」
「Nビルには?」
「2度あった。繋いでいない」
「黒崎を調べろということだな」
 旗手社長と黒崎はどこかで道を変えたのだろう。旗手社長は超合理主義で黒崎は独自のお金の臭いでそれぞれの道を選択したように思える。とくに今の黒崎は妙に焦っているから危険な臭いがする。









テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

脅し

 珍しく顧問、いや新社長から携帯が入った。
「退職願は受けていただいたと思うのですが?」
「ああ、残念だがそうすることにしていた。でも君の力を借りたい。どこかの会社に?」
「ええ、ちっぽけな会社ですがそこに勤めています」
 社長は旗手社長の手伝いをしていることや、黒崎との関係を全く知らない。
「Kジャーナルという業界紙を知っているかい?」
「電話でそんな話いいのですか?」
「社長室に鍵をかけている。前の会長室だ。会長は今は顧問室にいる」
「入れ替わりですね」
「Kジャーナルが裏交渉をしてきた。赤坂地上げの損害を公表するというんだ」
「今更ではないのでは?」
「いや、その記者は赤坂の資金から相当の資金が流用されているというリストを持っていると」
「記者?」
「田辺という記者だよ」
 田辺を生かしたのか黒崎か。それとも舅と組んでなのだろうか。彼らなら正確な情報を持っている。
「調査費は用意する」
「あの裏口座に手を付けたらだめですよ。次はそれで脅される」
「そこまで知っているのか?」
「社長よりM商事をよく知っています。これには殺人事件も絡んでいるのですよ。そうなるとM商事も火の海になるでしょうね」
「頼むよ」
「調査部の交際費の口座は?」
「あれは君が残しておけと言ったから、人事部で管理させている」
「あそこから出してください。取りあえずのらりくらりとやってください。誰が仕掛けているのか調べてみます」
 そこまでは周平にとって最後の仕事だという気がした。それにすんなりと終わりというメンバーではない。
 それにしても社長となると顧問の時の余裕は全くなくなっているようだ。








テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

上場

 華々しく旗手社長の不動産会社が上場した。周平の杞憂に無関係に株価も上がり旗手社長にスポットライとが浴びせられた。まさに新時代の旗手として大もてだ。ほとんどNビルに顔を出すこともなくなっている。銀座通りを中心に子会社のビルを集め出した。合わせてあの代議士も総理となった。だからもっぱら連絡は秘書となった。
 周平とミーはこの間に裏の会社群の見直しに入った。周平はM商事にいた頃のように朝8時半には出社、ミーは低血圧で無口で9時に顔を出す。この部屋は隣の社長室に接して作られていて、周平とミーだけの事務所になっていて、隣に関連会社の集中事務処理の部隊が6名いる。こことは扉は鍵がかかっていてこちらに入ることはできない。指示があれば周平が秘書室長の肩書で廊下から入る。ただ彼らはここが旗手社長の事務所だと知っている。どちらか言うと訳ありの人ばかり集めている。小林も一時その部屋にいたようだ。
「そろそろ目が開いてきたようだな」
「そうね。昨日はママの店ではしゃいでいたから」
「たまには社長から呼び出しあるの?」
「焼いてるのうれしい!何か走り回ってるみたい」
「ところで本論だけど」
と言ってここ数日でこしらえた会社群のファイルを出す。
「今7社あるが、この黄色のラインを引いた社長を交代させたいんだ」
「ほとんど小林関係ね。でも代打はあるの?」
「赤坂関係は藤尾さんに選んでもらった3名。その他はしばらく二人でというのはどう?」
「しかないね。小林は危険よ。これから5社を引き取れって言われているの」
 リストのファイルをテーブルに並べる。
「やはり会ってるんだな」
「これはプライベートの時に押し付けられた。この1社はあの代議士の会社よ。これからこの会社を挟むようよ。代表はあの秘書の母親よ。この調子ならあっという間に裏の会社で窒息しそう」










テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

両輪

 轟が頻繁にホワイトドームに現れるようになった。それで妙にケイ君と仲良くなってどうやら地上げの仕事を手伝っているようだ。黒崎のところは呼び出されないといかないようである。周平が病院のカオルのお昼に付き合って戻ってくると、二人並んで止まり木にとまっている。団長は病院を出ると買い物に回る。
「またKジャーナルの記事が出たな」
 轟がどこで手に入れてくるのか拡げる。
「ただ田辺の名前で出されると困るんだがな」
 旗手社長に田辺が周平であることを知られていたら弁明ができない。
「鈴木さんのデスクが黒崎の事務所に置かれたようだぜ」
 やはりまた黒崎と舅は昔の繋がりに戻った。もう一人の小林はどうだろう。二人とも黒崎の事務所にいたのだ。
「小林の件だね。あの人はバックし放題だな。融資案件も調べてみたが半分は許という男絡みだ。残りの半分は赤坂の地上げ絡みだよ」
「それには黒崎が絡んでいるさ。もともとあのベンチャーの不動産会社は黒崎の顧問先の会社だって噂だ。それで小林が初代の社長になったわけさ」
 ケイ君が気をきかせて周平のビールの小瓶を抜く。いつの間にか団長が戻ってきていて、4人分の焼きそばを焼き始めている。
「上場が見えてきて社名が変わって小林も降ろされた。結構不満だったようだぜ」
 今回ファイナンスも上場はあまり遠くない。同じことが起こるのか。旗手社長は小林の様子を見ている節がある。なぜそこまでして旗手社長は小林を使うのだろうか。だが彼の会社の仕組みからすると裏を仕切る人間が必要だ。表の戦略と裏の戦略の両輪で回っている。確かにミーは安心できるが、現場の交渉はできない。周平がその立場を認められたら小林は用無しになるのか。
「Kジャーナルとベンチャーの付き合いはいつから始まった?」
「それはS銀行の本部長だと思うなあ」







テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

縁を切る

 ケイ君に小林の調査の続行を伝えた。手が空いたので周平自身も調査を行うことにした。ミーにファイナンス会社の人事部長に連絡を取ってもらって、Nビルに来てもらうようにしてもらった。とくに生え抜きの社員はNビルが旗手社長の事務所だと知られている。とくに各会社に忠実な部下を人事担当として配置している。
「この手紙は部長が書かれたものですね?」
「はい」
 彼は創業の頃からの社員で、今度上場を予定している不動産会社の人事部長からファイナンスに移ってきている。鞄の中からファイルの束を出してくる。
「彼が本体でビル事業部で部長をしている時、土地の買収で3千万を抜いたということで自己都合退職になっています。それからしばらくどこにいたか分かりませんが、赤坂の地上げ事業が始まった頃、まだ建て上げたばかりの不動産会社の社長に収まりました」
「赤坂の事業はどこから持ち込まれたかご存知ですか?」
「Kジャーナルの黒崎さんからです」
 赤坂は旗手社長に持ち込んだのは黒崎だったのか。なのに今は外されているのには不満なのだろう。黒崎の赤坂案件とセットで再び小林は復活したことになる。
「赤坂では地上げ会社と組んで中抜きをしていたと報告がありました。でもこれは旗手社長は黒崎さんとの関係もあり問題にしないとされました。どうも黒崎さんところも絡んでいるという調査報告がありました」
 人事部長はファイルを広げて説明します。
「ファイナンスでは社長が絡んでいる融資のリストです。この12件の融資はすべて社長の専決で決済されています。これは担当の営業部でも非難が出ています。それにすでに3件は早々に利息の延滞になっています」
「この資料は預からせていただけますか?」
「もちろんです」
「これはこちらで調べた彼の最近買ったマンションと2台の車の調査です」
 どうも旗手社長は黒崎との手切れで小林との縁を切ろうとしているようだある。小林は本来の性格だけではなく黒崎の関係も不透明さを作り上げているような気がする。ただ旗手社長の下では小林のような裏の人間が必要なのだ。















テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

気がかり

 ミーから呼び出しがあって久しぶりにNビルに出かける。何となくネクタイが窮屈に感じる。珍しく旗手社長がソファにかけて書類を読んでいる。ミーが気を使ってコーヒーを入れてくれる。
「辞めったってな」
 旗手社長にもミーから伝わっているようだ。
「黒崎がまた赤坂を記事にし始めたな。詳しい話を聞いているか?」
 Kジャーナル記事を読んでいるようだ。
「今回M商事を辞めるのを機に手を切ろうと考えています」
「それがいいかもな」
 何か情報があるのだろう。旗手社長も最近は黒崎を集まりに呼ばない。今まで周平が記事を書いてきたという情報があるのか分からない。ただ黒崎に何か焦っているという感じがする。
「赤坂をあんまり話題にされると、国営地の払い下げにスポットライトが当たりかねない。黒崎の動きをチャックしてくれ。それから未公開株の配布状況を調べてくれ」
「何か気になることでも?」
「いやもうすぐ上場するからな」
 ミーが背広を着せにかかる。社長は立ち上がると思い出したように、
「小林の件も調べてくれ」
と追加する。ミーが鞄を持って運転手をするようだ。彼女はテーブルの上にわざと手紙を置いてゆく。
 手紙はファイナンス会社の人事部長からである。
『・・・社長は最近特定の危ない会社に融資を続けています。審査部長から否決されても、社長決裁権限を使って可決にしてしまうので不満が出ています。それとこれは確認していませんが、それらの企業からバックを取っているようです・・・』






テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ベットの風景

 退職願いを出した間、毎日お昼の時間に一人でカオルを見舞いに出かけている。団長は新しい公演が入ったようで毎日ケイ君と出かけている。これはケイ君が書いた新しい出し物で、初日は段取りに失敗があったらしく夜にホワイトドームで反省会があった。
 カオルは毎日周平が出かけるようになって、気持ち元気になったように思う。
「カオルが抜けてから団長困っていない?」
 団長が新しい出し物の話をしていたようだ。
「昨日は初日の反省会があったよ」
「そうだろうなあ」
 カオルはベットの横の台本を開く。これは団長が入院してから欠かさずカオルに頼まれて持ち込んでいる。
「裸のシーンが弱いのよ」
「あの代役の子ではだめなのかい?」
「あの子は未成年だから大胆なシーンはできないの。私なら歳だから」
 こんな調子で周平が無理やり食事を勧めながらカオルの話は続く。
「カオルは舞台が好きなんだなあ」
 最後のバナナをむいて口元に運ぶ。そうしないと食べ残してしまう。
「狐、会社辞めったってね?」
 相変わらず周平はカオルの狐だ。
「劇団に入らない?詐欺師の役をケイ君に書いてもらうからさあ」
 周平は最近できるだけ小まめにカオルの写真を撮るようにしている。何となくカオルがどんどん軽くなって飛んで行ってしまいそうな気がしている。これは団長も同じことを言っている。でもカオルは嫌がる。もっと元気になってから撮ってほしいという。
 看護婦が食事のトレーを取りに来ると、周平はゆっくり立ち上がる。カオルが起きていれる限界なのだ。
「私も伯母さんに会いたいな」
 やはり団長に話を聞いているのだろう。でも伯母にカオルを会わせたいと強く頷いた。
 ふと窓の外を見て、ほんのかすかにホワイトドームの2階の屋根が見えているのを発見した。










テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

仕掛け

 正式に人事部に退職願を出した。
 それで翌日から休んでホワイトドームの止まり木の隅に掛けている。団長は退職したことには何も言わない。ただ黙ってビールの小瓶だけを置いてくれる。M商事も都合がよかったのか何も言ってこない。
「辞めたのか?」
 轟の声だ。並んでカウンターにかける。
 彼は黙ってKジャーナルの記事を広げる。赤坂の裏舞台と題して克明に地上げの資金を会長が使い込んだ事実を書き並べている。これは舅が調査した内容そのままだ。これについては相談役と顧問が話して調査記録から外している。記事の最後に田辺一郎とサインがある。
「これは僕の記事じゃない」
「分かってるさ」
「なんでこんな記事が出た?」
「どうやら鈴木さんが黒崎さんと再び組んだようだ。この記事は黒崎さんから渡されたらしい」
 あれから舅が黒崎と会ってこんな流れになったのだろう。
「そちらはどうする?」
「やばそうになってきた。手を引く。しばらくふけるさ。それであのねぐらの始末をしておいた」
 田辺という記者のねぐらと想定されている。
「あそこには今までの記事原稿がわざと残されている。パソコンの中にもいろいろな写真が細工して残されている。だがそちらを限定するものはない。ただ十分恐喝の材料になるものだ」
「誰を恐喝する?」
「M商事だよ」
「なるほど黒崎はそこまで考えていたか」
「次はターゲットはM商事だ」












 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

義足

 調査部は誰も声を出さず、黙々と段ボールに私物を入れている。部員の冷たい視線が背中に刺さる。課長一人だけ社長室長になったのだからそうなのだろう。だが今後の影響力を考えて周平には不満をぶつけない。誰も同じ職場に配置された者はいない。会社の腐った部分を見てきた者たちなのだ。それぞれが分離されて管理される。
 内ポケットのバイブレーターの携帯が震えて覗き込む。舅だ。思わず救われたように部屋を出る。留守電で地下の喫茶店にいるという伝言が残っている。
 この喫茶店は運転手のたまり場で周平はほとんど利用しない。窓際に舅がつまらなそうに煙草をふかせている。
「広島の関連会社のようですね?」
 人事部から回ってきた通達の片隅に鈴木の名前が載っていた。柳沢も周平も知らない台湾の現地法人の名前が出ていた。
「お前はうまく立ち回ったな」
 あなたは私を捨てて行ったのですよ。そう心の中でつぶやいた。
「広島に?」
「馬鹿な!」
 言葉に力がない。
「相談役と組んだのではないですか?」
「確かに俺が動いて相談役を腐った池の底から引き揚げた」
「ならなぜ捨てられたのですか?」
「俺も柳沢も目立ちすぎたということか」
 確かにこれからのM商事では忘れてしまいたい過去だ。これはM銀行の頭取と顧問の意志だろう。4者会談の中で密かに合意されたのだろう。会長の意志でもあるわけだ。
「これからどうするのです?」
「黒崎にこれから会う。このままでは引き下がれない。どうだ。もう一度組んでみないか?」
 舅の義足がカタカタと震えている。
「いえ、私も退職を考えています」






テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

臨時取締役会議

 本日は臨時取締役会議ということで周平は顧問に赤坂の最終報告をするように言われた。
 会議室の扉が閉められて、取締役が全員揃う。議事進行は相談役が行う。会長は斜めに椅子にもたれて不機嫌そうである。社長は足をガタガタふるわせて窓の外ばかり見ている。舅も柳沢も背中を向けるように座っている。顧問だけがにこにこ座っている。
 周平の赤坂の報告は露払いのようで誰も聞いていない。4者会談で決着したわけだから、ここで紛糾することはなさそうである。ただ情報を受けていない取締役はみんな真剣だ。とくに舅と柳沢は相談役が説明するのに立ち上がった時頭を同時に上げた。まるで忍者の棟梁の戦いでもあったわけだ。
「代表取締役社長を顧問にお願いします」
 その声にざわめきが起こる。だが誰も発言しない。
 続いて取締役の新任を淡々と発表してゆく。それぞれメモを取る人が増える。
 今まで中立でいた人事部長が専務取締役にとなり、大きく会長派、社長派の取締役が外された。新任の取締役に相談役の息子がやはり入ってきた。これはM銀行頭取の意向だろう。その流れで柳沢も舅も取締役から外された。相談役は今回より取締役に帰り咲く。会長は代表取締役を外され平取会長としてとどまる。どうもここが顧問としては不満の残る結果だったのだろう。
 急に柳沢が立ち上がって、会長を睨みつけるとそのまま会議室を出てゆく。舅も松葉杖を起こして立ち上がる。彼は相談役を見つめている。二人は将のために戦い見捨てられたのだ。
 続いて会長派、社長派が退席してゆく。
「課長」
 席を立とうとした周平に新社長が声をかけてくる。
「残ってください。続いて人事の素案を作ります」
 社長の横に相談役と専務が席を詰めて座る。
「調査部はなくなります。その代り社長室室長をお願いしますよ。初仕事になりますね」






テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

入社祝い

 未公開株の振り分けも始まったようである。これは融資も絡むので小林のところが担当する。周平は国有地払下げで事前に関係者と会い現金の引渡しも済ませている。ミーは小林からの裏会社の名義変更を担当している。小林はこれからは表の人間になると思い込んでいるようで機嫌がいいということだった。
 周平は今日初めて裏会社の新橋にある事務所に行く。ミーから渡された鍵を差し込む。
「開いているさ」
 中から聞きなれた声がする。
「なんだ藤尾さん」
 ソファーにもたれて弁当を手にビールを飲んでいる。
「ここは赤坂で上げた抱き合わせのビルなんだ。1階がこちらの会社の本社事務所で、上はそれぞれダミー会社の登記事務所さ。ところで裏会社の社長をやるらしいな」
「話が早いな?」
「ミーから聞いたよ。社長の名義が変わるって見せられた。それと小林の調査が無駄になったようだな」
「それもミーから?」
「いやそれはケイ君からだ。今彼に立退きの交渉を任せている。下手な地上げ屋よりうまいから」
 そう言って腕時計を覗きこむ。
「もう来る」
 と言った途端にケイ君の顔が覗く。手にビニール袋を抱えている。
「軽く入社祝いと思ってな」
「朝藤尾さんから呼ばれたんだ」
 さっそくテーブルの新聞紙を払いのけて缶ビールとワンカップが並ぶ。なんだかこんな会社は楽しそうだ。
「ところで狐はミーさんを抱いた?」
 真顔でケイ君が聞く。
「ケイ君ミーがタイプらしいや」
「やっぱり男?」
「ああ、胸はあるがポールは残っている」
「もうすぐそのポールさんも来るよ」








テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

一つの終わり

「会長がお話をしたいとのことですよ」
 4者会談を終えて戻ってきた顧問に声をかけられた。
 周平は会長室と向かう。会長と二人で話するのは今回が入社以来初めてだ。ほとんどが舅が同席していた。雲の上の人というイメージが強い。
「入ります」
「鈴木課長か?」
 会長はまだ離婚した鈴木姓で呼ぶ。面倒だから社内では相変わらず鈴木で通している。
 めっきり白髪が目立っていて別人のようだ。
「鈴木部長とは今も?」
「ほとんどやり取りはないです」
「そうか。赤坂は?」
「すべて完了しています」
「銀座のママがここに来たらしいが?」
「私が対応しました」
「何か言ってたかね?」
「私には出来かねる相談でした」
「彼奴は状況が分かっておらん!」
 そういう会長も同様のように周平には思える。
「君は黒崎君と懇意らしいが」
「いえ、これも鈴木部長の繋がりからで時々連絡入る程度の付き合いです」
「娘は子供ができたらしいが?」
 別れた妻は会長の実の娘だ。
「話は聞きましたがもう終わったことです。私も顧問に辞表を提出しています」
「そうかね。すべて終わったことかあ」
 会長はそれだけ言うと大きなため息をついて俯いたままである。周平は軽く頭を下げて部屋を出た。








テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR