夢追い旅 2016年10月

対抗馬

 任意で呼ばれた柳沢だが、警察は証拠不十分で釈放した。同様にやくざの兄貴も最後の決め手がないようだ。柳沢も舅と同様にM商事を辞めている。釈放された日はやくざの妹のママが車で迎えに来たようだ。これは轟の報告だ。彼は黒崎からも柳沢の動きの調査を受けているようだ。
 今日は珍しく代議士の私設秘書から飲まないかと誘いを受けた。
「また庶民的なところで」
 新橋の路地裏のスナックである。ケイ君にはぴったりの店の臭いがする。
「ここなら呼ばれても国会議事堂に近いからな。もう10年になる」
「急な話でも?」
 ビールの小瓶を抜いてもらう。秘書はウイスキーをロックで飲んでいる。
「総理になったら私設秘書はほとんどお呼びじゃない。第1秘書と毎日こそこそやってるよ。第1秘書は上司にでもなったように指示ばかりだ」
「それはこちらも同じですよ。社長もほとんど顔を見せない」
 何となく境遇が会う。ただ周平はそれを不満と思っていない。初めて自分の意志で物事を動かしている気がしている。
「赤坂のことを最近書かれているが、相手はつかんでいるのか?」
「ええ、相手は黒崎という代議士の秘書上がりのブローカーですよ」
「黒崎か、あいつならよく知っている。昔大物の代議士の私設をやっていた。それが金を抓んで追い出された」
「じゃあ、Yテレビは?」
「それがYテレビさ。あの時のYテレビの社長からの金をそのまま懐に入れていたんだ。でも仕事は彼がこなしていたという話だ。案外裏の仕事は秘書がしていて、代議士は知らないことが多い」
 やはり繋がった。
「それでこちらもあの裏の会社で顧問会社でも始めようって考えている」
「独立?」
「いや、そのくらい認めさせるさ。それくらいのことはしてきた」
「力を貸しますよ。社長も黒崎と縁を切ったので話に乗ると思いますね」
 黒崎の対抗馬と頭に浮かんだ。











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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

金づる

 周平は今二枚の名刺を使い分けている。Nビルの秘書室長は表向き旗手社長のグループ会社になるので、どちらの会社に入るのも勝手だが、ただベンチャーの本社にも秘書課がありそちらがメジャーだ。代議士界で言うと私設秘書という感じだ。もう一つはNプランニングの社長という肩書だ。まことに怪しいイメージだが周平はこの名刺が気に入っている。
「今日はミーさんは一緒じゃないのか?」
 Kジャーナルに遠くない轟の馴染の喫茶店で落ち合う。
「ミーは沖縄だよ。社長と同伴だ」
 どうも轟もケイ君もミーに関心が移っている。周平も最近は男だと思わなくなっている。つっけんどんな言葉を吐くが女より女だ。
「ちょっとやばいところまで踏み込んでしまったぜ。そっと関係を薄くしたかったんだけどな」
「ちゃんとお金出すんだから」
 お金はNプランニングから出している。こういう資金も旗手社長から自由裁量でいいと言われている。取り敢えず言い訳のようにミーには毎回伝えている。
「黒崎のところの運ちゃんを昨日は飲み屋に接待した」
 お抱えの運転手だ。どうも彼を抱きこんでいるようだ。
「最近4回Yテレビの本社事務所に通っているということだ」
「Yテレビ?」
「彼の言うのにはそこの会長も黒崎が言う裏のメンバーの一人らしい。二度目は鈴木さんも一緒に行ったらしいよ」
 それで少し思い出した。舅はM商事の元会長に頼まれてYテレビの用地買収の仕事をしたと言っていたことがある。会長のメンバーの一人だと言っていた。
「運ちゃん曰くだが、もともと黒崎はYテレビの会長と組んでいてM商事に乗り換えて、次はベンチャーの社長にという流れだと言っている」
 彼らしい派手な動きだ。
「Yテレビは大のベンチャー嫌いだぜ」
「なるほどな」
 黒崎も舅も次の金づるを見つけたところなのだろう。









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危険な臭い

 嫌がる轟に最近のKジャーナルの調査を頼んだ。
 いよいよカオルの出産がまじかになってきたので、団長は見舞いの後赤ちゃんの衣類などの買い物に出かけた。カオルが最近周平がお昼に来ないので食事を食べ残しているという。
 周平は小林の関係者を裏の会社から外し、新しく5社の新会社の受け入れを終えた。それから各子会社を自分の足で回ってみる。裏金作りが柱で運用されているので、事業として考えられたことがない。周平は訪ねて回るたびに問題点をメモに書きとめる。問題点は多いが事業として面白いものも多い。その点、ミーは淡白で放任主義だ。おそらく会社の運営経験がないからだろう。
「運営についての意見書は社長に見せてくれた?」
 二日酔いで薬を飲んでいるミーに声をかける。
「任せたってよ」
「ほんとに見せた?」
「ベットの上で表でも使えたなあと言っていたわ」
「ホテルに行く時間があるのに、ここに来る時間がないとはなあ」
「社長にそう伝えておこうかしら。そうそう忘れてしまうところだった」
 ミーはバンドバックから折りたたんだ雑誌を出してきた。
「例の黒崎が株を分けてもらえなかったと愚痴をこぼしてたそうよ」
 赤坂の記事にS銀行と旗手社長の繋がりが書かれてある。もちろん田辺記者の記事だが、これは舅の持っている情報ではない。黒崎自身がS銀行と旗手社長を結びつけた内容だ。黒崎は赤坂の情報をどこから仕入れて来たかは不明だが、S銀行がM商事に融資したと同時に旗手社長に持ち込んだと思える。わざわざ『第二の赤坂地上げ』と見出しまでつけて、2400憶というS銀行経由の借入額を公表している。
「黒崎から電話は?」
「留守電にして取ってないようよ」
「Nビルには?」
「2度あった。繋いでいない」
「黒崎を調べろということだな」
 旗手社長と黒崎はどこかで道を変えたのだろう。旗手社長は超合理主義で黒崎は独自のお金の臭いでそれぞれの道を選択したように思える。とくに今の黒崎は妙に焦っているから危険な臭いがする。









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脅し

 珍しく顧問、いや新社長から携帯が入った。
「退職願は受けていただいたと思うのですが?」
「ああ、残念だがそうすることにしていた。でも君の力を借りたい。どこかの会社に?」
「ええ、ちっぽけな会社ですがそこに勤めています」
 社長は旗手社長の手伝いをしていることや、黒崎との関係を全く知らない。
「Kジャーナルという業界紙を知っているかい?」
「電話でそんな話いいのですか?」
「社長室に鍵をかけている。前の会長室だ。会長は今は顧問室にいる」
「入れ替わりですね」
「Kジャーナルが裏交渉をしてきた。赤坂地上げの損害を公表するというんだ」
「今更ではないのでは?」
「いや、その記者は赤坂の資金から相当の資金が流用されているというリストを持っていると」
「記者?」
「田辺という記者だよ」
 田辺を生かしたのか黒崎か。それとも舅と組んでなのだろうか。彼らなら正確な情報を持っている。
「調査費は用意する」
「あの裏口座に手を付けたらだめですよ。次はそれで脅される」
「そこまで知っているのか?」
「社長よりM商事をよく知っています。これには殺人事件も絡んでいるのですよ。そうなるとM商事も火の海になるでしょうね」
「頼むよ」
「調査部の交際費の口座は?」
「あれは君が残しておけと言ったから、人事部で管理させている」
「あそこから出してください。取りあえずのらりくらりとやってください。誰が仕掛けているのか調べてみます」
 そこまでは周平にとって最後の仕事だという気がした。それにすんなりと終わりというメンバーではない。
 それにしても社長となると顧問の時の余裕は全くなくなっているようだ。








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上場

 華々しく旗手社長の不動産会社が上場した。周平の杞憂に無関係に株価も上がり旗手社長にスポットライとが浴びせられた。まさに新時代の旗手として大もてだ。ほとんどNビルに顔を出すこともなくなっている。銀座通りを中心に子会社のビルを集め出した。合わせてあの代議士も総理となった。だからもっぱら連絡は秘書となった。
 周平とミーはこの間に裏の会社群の見直しに入った。周平はM商事にいた頃のように朝8時半には出社、ミーは低血圧で無口で9時に顔を出す。この部屋は隣の社長室に接して作られていて、周平とミーだけの事務所になっていて、隣に関連会社の集中事務処理の部隊が6名いる。こことは扉は鍵がかかっていてこちらに入ることはできない。指示があれば周平が秘書室長の肩書で廊下から入る。ただ彼らはここが旗手社長の事務所だと知っている。どちらか言うと訳ありの人ばかり集めている。小林も一時その部屋にいたようだ。
「そろそろ目が開いてきたようだな」
「そうね。昨日はママの店ではしゃいでいたから」
「たまには社長から呼び出しあるの?」
「焼いてるのうれしい!何か走り回ってるみたい」
「ところで本論だけど」
と言ってここ数日でこしらえた会社群のファイルを出す。
「今7社あるが、この黄色のラインを引いた社長を交代させたいんだ」
「ほとんど小林関係ね。でも代打はあるの?」
「赤坂関係は藤尾さんに選んでもらった3名。その他はしばらく二人でというのはどう?」
「しかないね。小林は危険よ。これから5社を引き取れって言われているの」
 リストのファイルをテーブルに並べる。
「やはり会ってるんだな」
「これはプライベートの時に押し付けられた。この1社はあの代議士の会社よ。これからこの会社を挟むようよ。代表はあの秘書の母親よ。この調子ならあっという間に裏の会社で窒息しそう」










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両輪

 轟が頻繁にホワイトドームに現れるようになった。それで妙にケイ君と仲良くなってどうやら地上げの仕事を手伝っているようだ。黒崎のところは呼び出されないといかないようである。周平が病院のカオルのお昼に付き合って戻ってくると、二人並んで止まり木にとまっている。団長は病院を出ると買い物に回る。
「またKジャーナルの記事が出たな」
 轟がどこで手に入れてくるのか拡げる。
「ただ田辺の名前で出されると困るんだがな」
 旗手社長に田辺が周平であることを知られていたら弁明ができない。
「鈴木さんのデスクが黒崎の事務所に置かれたようだぜ」
 やはりまた黒崎と舅は昔の繋がりに戻った。もう一人の小林はどうだろう。二人とも黒崎の事務所にいたのだ。
「小林の件だね。あの人はバックし放題だな。融資案件も調べてみたが半分は許という男絡みだ。残りの半分は赤坂の地上げ絡みだよ」
「それには黒崎が絡んでいるさ。もともとあのベンチャーの不動産会社は黒崎の顧問先の会社だって噂だ。それで小林が初代の社長になったわけさ」
 ケイ君が気をきかせて周平のビールの小瓶を抜く。いつの間にか団長が戻ってきていて、4人分の焼きそばを焼き始めている。
「上場が見えてきて社名が変わって小林も降ろされた。結構不満だったようだぜ」
 今回ファイナンスも上場はあまり遠くない。同じことが起こるのか。旗手社長は小林の様子を見ている節がある。なぜそこまでして旗手社長は小林を使うのだろうか。だが彼の会社の仕組みからすると裏を仕切る人間が必要だ。表の戦略と裏の戦略の両輪で回っている。確かにミーは安心できるが、現場の交渉はできない。周平がその立場を認められたら小林は用無しになるのか。
「Kジャーナルとベンチャーの付き合いはいつから始まった?」
「それはS銀行の本部長だと思うなあ」







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縁を切る

 ケイ君に小林の調査の続行を伝えた。手が空いたので周平自身も調査を行うことにした。ミーにファイナンス会社の人事部長に連絡を取ってもらって、Nビルに来てもらうようにしてもらった。とくに生え抜きの社員はNビルが旗手社長の事務所だと知られている。とくに各会社に忠実な部下を人事担当として配置している。
「この手紙は部長が書かれたものですね?」
「はい」
 彼は創業の頃からの社員で、今度上場を予定している不動産会社の人事部長からファイナンスに移ってきている。鞄の中からファイルの束を出してくる。
「彼が本体でビル事業部で部長をしている時、土地の買収で3千万を抜いたということで自己都合退職になっています。それからしばらくどこにいたか分かりませんが、赤坂の地上げ事業が始まった頃、まだ建て上げたばかりの不動産会社の社長に収まりました」
「赤坂の事業はどこから持ち込まれたかご存知ですか?」
「Kジャーナルの黒崎さんからです」
 赤坂は旗手社長に持ち込んだのは黒崎だったのか。なのに今は外されているのには不満なのだろう。黒崎の赤坂案件とセットで再び小林は復活したことになる。
「赤坂では地上げ会社と組んで中抜きをしていたと報告がありました。でもこれは旗手社長は黒崎さんとの関係もあり問題にしないとされました。どうも黒崎さんところも絡んでいるという調査報告がありました」
 人事部長はファイルを広げて説明します。
「ファイナンスでは社長が絡んでいる融資のリストです。この12件の融資はすべて社長の専決で決済されています。これは担当の営業部でも非難が出ています。それにすでに3件は早々に利息の延滞になっています」
「この資料は預からせていただけますか?」
「もちろんです」
「これはこちらで調べた彼の最近買ったマンションと2台の車の調査です」
 どうも旗手社長は黒崎との手切れで小林との縁を切ろうとしているようだある。小林は本来の性格だけではなく黒崎の関係も不透明さを作り上げているような気がする。ただ旗手社長の下では小林のような裏の人間が必要なのだ。















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気がかり

 ミーから呼び出しがあって久しぶりにNビルに出かける。何となくネクタイが窮屈に感じる。珍しく旗手社長がソファにかけて書類を読んでいる。ミーが気を使ってコーヒーを入れてくれる。
「辞めったってな」
 旗手社長にもミーから伝わっているようだ。
「黒崎がまた赤坂を記事にし始めたな。詳しい話を聞いているか?」
 Kジャーナル記事を読んでいるようだ。
「今回M商事を辞めるのを機に手を切ろうと考えています」
「それがいいかもな」
 何か情報があるのだろう。旗手社長も最近は黒崎を集まりに呼ばない。今まで周平が記事を書いてきたという情報があるのか分からない。ただ黒崎に何か焦っているという感じがする。
「赤坂をあんまり話題にされると、国営地の払い下げにスポットライトが当たりかねない。黒崎の動きをチャックしてくれ。それから未公開株の配布状況を調べてくれ」
「何か気になることでも?」
「いやもうすぐ上場するからな」
 ミーが背広を着せにかかる。社長は立ち上がると思い出したように、
「小林の件も調べてくれ」
と追加する。ミーが鞄を持って運転手をするようだ。彼女はテーブルの上にわざと手紙を置いてゆく。
 手紙はファイナンス会社の人事部長からである。
『・・・社長は最近特定の危ない会社に融資を続けています。審査部長から否決されても、社長決裁権限を使って可決にしてしまうので不満が出ています。それとこれは確認していませんが、それらの企業からバックを取っているようです・・・』






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ベットの風景

 退職願いを出した間、毎日お昼の時間に一人でカオルを見舞いに出かけている。団長は新しい公演が入ったようで毎日ケイ君と出かけている。これはケイ君が書いた新しい出し物で、初日は段取りに失敗があったらしく夜にホワイトドームで反省会があった。
 カオルは毎日周平が出かけるようになって、気持ち元気になったように思う。
「カオルが抜けてから団長困っていない?」
 団長が新しい出し物の話をしていたようだ。
「昨日は初日の反省会があったよ」
「そうだろうなあ」
 カオルはベットの横の台本を開く。これは団長が入院してから欠かさずカオルに頼まれて持ち込んでいる。
「裸のシーンが弱いのよ」
「あの代役の子ではだめなのかい?」
「あの子は未成年だから大胆なシーンはできないの。私なら歳だから」
 こんな調子で周平が無理やり食事を勧めながらカオルの話は続く。
「カオルは舞台が好きなんだなあ」
 最後のバナナをむいて口元に運ぶ。そうしないと食べ残してしまう。
「狐、会社辞めったってね?」
 相変わらず周平はカオルの狐だ。
「劇団に入らない?詐欺師の役をケイ君に書いてもらうからさあ」
 周平は最近できるだけ小まめにカオルの写真を撮るようにしている。何となくカオルがどんどん軽くなって飛んで行ってしまいそうな気がしている。これは団長も同じことを言っている。でもカオルは嫌がる。もっと元気になってから撮ってほしいという。
 看護婦が食事のトレーを取りに来ると、周平はゆっくり立ち上がる。カオルが起きていれる限界なのだ。
「私も伯母さんに会いたいな」
 やはり団長に話を聞いているのだろう。でも伯母にカオルを会わせたいと強く頷いた。
 ふと窓の外を見て、ほんのかすかにホワイトドームの2階の屋根が見えているのを発見した。










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仕掛け

 正式に人事部に退職願を出した。
 それで翌日から休んでホワイトドームの止まり木の隅に掛けている。団長は退職したことには何も言わない。ただ黙ってビールの小瓶だけを置いてくれる。M商事も都合がよかったのか何も言ってこない。
「辞めたのか?」
 轟の声だ。並んでカウンターにかける。
 彼は黙ってKジャーナルの記事を広げる。赤坂の裏舞台と題して克明に地上げの資金を会長が使い込んだ事実を書き並べている。これは舅が調査した内容そのままだ。これについては相談役と顧問が話して調査記録から外している。記事の最後に田辺一郎とサインがある。
「これは僕の記事じゃない」
「分かってるさ」
「なんでこんな記事が出た?」
「どうやら鈴木さんが黒崎さんと再び組んだようだ。この記事は黒崎さんから渡されたらしい」
 あれから舅が黒崎と会ってこんな流れになったのだろう。
「そちらはどうする?」
「やばそうになってきた。手を引く。しばらくふけるさ。それであのねぐらの始末をしておいた」
 田辺という記者のねぐらと想定されている。
「あそこには今までの記事原稿がわざと残されている。パソコンの中にもいろいろな写真が細工して残されている。だがそちらを限定するものはない。ただ十分恐喝の材料になるものだ」
「誰を恐喝する?」
「M商事だよ」
「なるほど黒崎はそこまで考えていたか」
「次はターゲットはM商事だ」












 

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義足

 調査部は誰も声を出さず、黙々と段ボールに私物を入れている。部員の冷たい視線が背中に刺さる。課長一人だけ社長室長になったのだからそうなのだろう。だが今後の影響力を考えて周平には不満をぶつけない。誰も同じ職場に配置された者はいない。会社の腐った部分を見てきた者たちなのだ。それぞれが分離されて管理される。
 内ポケットのバイブレーターの携帯が震えて覗き込む。舅だ。思わず救われたように部屋を出る。留守電で地下の喫茶店にいるという伝言が残っている。
 この喫茶店は運転手のたまり場で周平はほとんど利用しない。窓際に舅がつまらなそうに煙草をふかせている。
「広島の関連会社のようですね?」
 人事部から回ってきた通達の片隅に鈴木の名前が載っていた。柳沢も周平も知らない台湾の現地法人の名前が出ていた。
「お前はうまく立ち回ったな」
 あなたは私を捨てて行ったのですよ。そう心の中でつぶやいた。
「広島に?」
「馬鹿な!」
 言葉に力がない。
「相談役と組んだのではないですか?」
「確かに俺が動いて相談役を腐った池の底から引き揚げた」
「ならなぜ捨てられたのですか?」
「俺も柳沢も目立ちすぎたということか」
 確かにこれからのM商事では忘れてしまいたい過去だ。これはM銀行の頭取と顧問の意志だろう。4者会談の中で密かに合意されたのだろう。会長の意志でもあるわけだ。
「これからどうするのです?」
「黒崎にこれから会う。このままでは引き下がれない。どうだ。もう一度組んでみないか?」
 舅の義足がカタカタと震えている。
「いえ、私も退職を考えています」






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臨時取締役会議

 本日は臨時取締役会議ということで周平は顧問に赤坂の最終報告をするように言われた。
 会議室の扉が閉められて、取締役が全員揃う。議事進行は相談役が行う。会長は斜めに椅子にもたれて不機嫌そうである。社長は足をガタガタふるわせて窓の外ばかり見ている。舅も柳沢も背中を向けるように座っている。顧問だけがにこにこ座っている。
 周平の赤坂の報告は露払いのようで誰も聞いていない。4者会談で決着したわけだから、ここで紛糾することはなさそうである。ただ情報を受けていない取締役はみんな真剣だ。とくに舅と柳沢は相談役が説明するのに立ち上がった時頭を同時に上げた。まるで忍者の棟梁の戦いでもあったわけだ。
「代表取締役社長を顧問にお願いします」
 その声にざわめきが起こる。だが誰も発言しない。
 続いて取締役の新任を淡々と発表してゆく。それぞれメモを取る人が増える。
 今まで中立でいた人事部長が専務取締役にとなり、大きく会長派、社長派の取締役が外された。新任の取締役に相談役の息子がやはり入ってきた。これはM銀行頭取の意向だろう。その流れで柳沢も舅も取締役から外された。相談役は今回より取締役に帰り咲く。会長は代表取締役を外され平取会長としてとどまる。どうもここが顧問としては不満の残る結果だったのだろう。
 急に柳沢が立ち上がって、会長を睨みつけるとそのまま会議室を出てゆく。舅も松葉杖を起こして立ち上がる。彼は相談役を見つめている。二人は将のために戦い見捨てられたのだ。
 続いて会長派、社長派が退席してゆく。
「課長」
 席を立とうとした周平に新社長が声をかけてくる。
「残ってください。続いて人事の素案を作ります」
 社長の横に相談役と専務が席を詰めて座る。
「調査部はなくなります。その代り社長室室長をお願いしますよ。初仕事になりますね」






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入社祝い

 未公開株の振り分けも始まったようである。これは融資も絡むので小林のところが担当する。周平は国有地払下げで事前に関係者と会い現金の引渡しも済ませている。ミーは小林からの裏会社の名義変更を担当している。小林はこれからは表の人間になると思い込んでいるようで機嫌がいいということだった。
 周平は今日初めて裏会社の新橋にある事務所に行く。ミーから渡された鍵を差し込む。
「開いているさ」
 中から聞きなれた声がする。
「なんだ藤尾さん」
 ソファーにもたれて弁当を手にビールを飲んでいる。
「ここは赤坂で上げた抱き合わせのビルなんだ。1階がこちらの会社の本社事務所で、上はそれぞれダミー会社の登記事務所さ。ところで裏会社の社長をやるらしいな」
「話が早いな?」
「ミーから聞いたよ。社長の名義が変わるって見せられた。それと小林の調査が無駄になったようだな」
「それもミーから?」
「いやそれはケイ君からだ。今彼に立退きの交渉を任せている。下手な地上げ屋よりうまいから」
 そう言って腕時計を覗きこむ。
「もう来る」
 と言った途端にケイ君の顔が覗く。手にビニール袋を抱えている。
「軽く入社祝いと思ってな」
「朝藤尾さんから呼ばれたんだ」
 さっそくテーブルの新聞紙を払いのけて缶ビールとワンカップが並ぶ。なんだかこんな会社は楽しそうだ。
「ところで狐はミーさんを抱いた?」
 真顔でケイ君が聞く。
「ケイ君ミーがタイプらしいや」
「やっぱり男?」
「ああ、胸はあるがポールは残っている」
「もうすぐそのポールさんも来るよ」








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一つの終わり

「会長がお話をしたいとのことですよ」
 4者会談を終えて戻ってきた顧問に声をかけられた。
 周平は会長室と向かう。会長と二人で話するのは今回が入社以来初めてだ。ほとんどが舅が同席していた。雲の上の人というイメージが強い。
「入ります」
「鈴木課長か?」
 会長はまだ離婚した鈴木姓で呼ぶ。面倒だから社内では相変わらず鈴木で通している。
 めっきり白髪が目立っていて別人のようだ。
「鈴木部長とは今も?」
「ほとんどやり取りはないです」
「そうか。赤坂は?」
「すべて完了しています」
「銀座のママがここに来たらしいが?」
「私が対応しました」
「何か言ってたかね?」
「私には出来かねる相談でした」
「彼奴は状況が分かっておらん!」
 そういう会長も同様のように周平には思える。
「君は黒崎君と懇意らしいが」
「いえ、これも鈴木部長の繋がりからで時々連絡入る程度の付き合いです」
「娘は子供ができたらしいが?」
 別れた妻は会長の実の娘だ。
「話は聞きましたがもう終わったことです。私も顧問に辞表を提出しています」
「そうかね。すべて終わったことかあ」
 会長はそれだけ言うと大きなため息をついて俯いたままである。周平は軽く頭を下げて部屋を出た。








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嫌な予感

 出勤前に団長とカオルの顔を覗いた。昨日お腹の中の赤ちゃんの診察があって、女の子であることを告げられた。
「いよいよ名前を決めないとね」
 団長がカオルを励ますように言う。周平はなぜか胸が一杯になって外に出た。今日は取引先へ直行ということで、ミーと議員会館で待ち合わせをしている。未公開株の配分前に渡す現金のリストと現金の引き渡しだ。これについても代議士の不透明な配分と小林の追加配分の問題を残したままの実行である。
 待ち合わせの駐車場にすでにミーの車が入っている。周平の顔を見ると二つの黒鞄を持ち上げて歩いてくる。
「やはりだめっだたのね」
 リストの変更が受け入れられなかったことを言っている。片方を周平が持つ。二人で2億はある。これに追加の未公開株が加わる。それだけお金をかけても採算が合うと旗手社長は判断している。
 代議士の部屋に通されると、珍しく代議士本人と秘書が先に座っている。
 儀式のように黒鞄が交換される。このお金を配分される人数は未公開株の3倍ある。主要な人物だけに未公開株が渡される。というのは現株の購入資金を融資する必要があるからだ。
「例の赤坂の土地だが等価交換の話が近々に来る。その打ち合わせは君に入ってもらいたい。それに」
と言ってポケットからメモ書きを出す。
「このお金を明細通り現金で用意して、同席する彼に渡してくれ」
 周平とミーがメモを覗きこむ。3名の名前と金額がある。見たのを確認すると代議士は細かく破り捨てる。
 これで今日はお仕舞だ。
 車に乗り込むと、ミーがため息をつく。
「嫌な予感がするわ」
「ああ」
 周平も同感だ。車は暗黙の内にミーのマンションに向かう。
 








 

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裏社会

 珍しく旗手社長から直接呼出しを受けた。手短に銀座のレジャービルの名前を告げられて、その最上階に来るようにということである。タクシーを降りて、この辺りはマキのクラブのある近くだとようやく分かった。銀座のはずれになる。
 がたがたと音を立てながらエレベータが上がる。どの階もクラブかスナックである。だが、まだ陽が高いので誰も乗ってこない。このビルは旗手社長の趣味ではない。階上に着くとまた相応しくない中国の貿易商社の名前がすりガラスに印刷してある。
「あの」
 ドアから顔を出す。
「もう1階上がって!」
 おばちゃんの怒鳴り声がする。これはビルを間違えたか。だが、暗がりの奥に階段がある。
「階段は歩くものだ」
 旗手社長の声が頭の上でする。
 確かに部屋があるがこれは不法建築のようだ。でも、思ったより立派な古めかしい家具が並んでいる。テーブルの向こうに70歳には見える優男が座っている。その前に旗手社長が息子のように座っている。その横に餅を叩きつけたような小太りの男が窮屈そうに椅子に掛けている。周平が名刺を出そうとすると、旗手社長が目でやめとけと合図する。
「今後は彼がこちらに来ますよ」
「そうか。次はそのまま上がってきなさい」
 周平を一瞥して、
「あの代議士は食わせもんじゃ。よっぽど気を付けることだ」
 どうやら周平がお金を届けているあの代議士のことを言っているようだ。
「そうそう黒崎は悪さはしてないかな?」
 どうも黒崎を呼び捨てにしているようだ。
「よく動いてくれています」
「そうか。だが奴は八方美人だからくれぐれともな」







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裏のメンバー

 ケイ君の小林の調査報告が届いた。前回の彼の調査を具体的に裏付ける証拠も揃ったことになる。ミーに簡単に調査の内容を伝えて、旗手社長の時間を取ってもらうことにした。
 ミーから連絡が来たのは昼過ぎでこれから証券会社に来てほしいということだった。不動産会社の幹事証券ということだが、あの証券マンの会社ではないようだ。
「どうぞお待ちです」
 伝えられていたのか応接室にすぐに通された。中に入ると、あの証券マンと二人で打ち合わせしていたようだ。彼は周平の顔を見ると軽く会釈をして外に出てゆく。
「小林の悪さがいろいろ出てきたんだろう?」
 調査票を受け取るなりの一言だ。社長もよく分かっているのだ。それでもじっくり書類に目を通す。
「いよいよ会長が降りるという話だが?」
「条件のすり合わせで時間を食っています」
「さすがにこれでお仕舞だろう。裏のメンバーからも嫌われているからね」
「裏のメンバー?」
「この国は一部の人達に動かされている。会長もそこに入れたのだが敵を作りすぎた。かと言って私もまだ新参者だから同じ運命になるかもね」
 舅もその裏のメンバーと通じて道を踏み外した。
「小林もあと少しのところに来ると、悪い癖が出てくる。でも今更未公開株のリストの変更は無理だ。すべての欲が絡んでいる。よじれた糸を戻す方が難しい。取りあえず小林の裏の会社の社長を交代しくれ」
「私でいいのですか?」
「ミーとも相性がいい」
 旗手社長は調査票を内ポケットにしまうともう時計を見ている。リストの変更はなしだ。
「それと代議士の件もそのまま進める。もう時間がない」






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時の流れに

 M商事に銀座のママが押しかけてきた。周平が携帯に出ないからだ。現在は舅と別れて会長の愛人に戻っている。非常に我儘な人だ。
 会長室の応接に人事部の人間が気を使って通したようだ。
「ずいぶん避けられたものね!」
 相変わらずの口調だ。もうテーブルには煙草の吸殻が3本も溜まっている。
「そういうのではありませんが」
「まあいいわ。相談役にうまく取り込んだようね?」
 そういう風に伝わっているのか。
「今までM商事からは少なくとも15組は入れ代わり立ち代わり店に来てくれていたのに先月などは誰も来ない。調査部も1度も使っていないどういうわけ?」
「経費節減です」
「そんなの通じないよ!はっきり言ってよ」
「会長からは?」
「あの人も来ないわ」
「彼女はどうしています?」
「子供を抱えて私の店に出てるわ」
 煙草の煙に舅を思い出した。
「会長はおそらく近々退任されると思います。現在その調整にかかっているところです」
「次のポジションは?」
「今のところ白紙です」
「何が悪かったの?」
「何とは言えませんが、右腕を変えられたのが躓きと言えば躓きです。柳沢さんをご存知ですね?」
「よく来てくれていた部長ね」
「彼が今は右腕です。でも危険な男です」
「じゃあ鈴木とよりを戻したら?」
「鈴木さんにも私にもどうすることもできません。後は時の流れに任せるしか」







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 顧問に調査部の進行中案件の報告書を提出した。赤坂案件と柳沢問題が大きな柱になっている。顧問は受け取ると座るように促して、ゆっくりページをめくる。
「確かに鈴木部長は最初会長の右腕だったと思いますが?」
 顧問は顧問なりに会社のイメージを作り始めています。
「前回の相談役と社長戦を戦った時は確かにそうでしたが、それから柳沢さんが藤尾課長退職の件から右腕となりました。それで鈴木部長は相談役に近づいて復権に力を貸しました。銀座のママをご存知ですか?」
「会長のとは聞きました。鈴木部長の奥さんだったようですね?」
 相談役や人事部の報告が入っているようである。
「娘さんと離婚した?」
「はい」
「君は何派になるのですか?」
「ただの風ですよ」
「でも何でも知っている?」
「もうそういう情報も必要なくなると思います」
「そうなればと思います」
 顧問は笑っています。周平は数週間前に書き上げていた自己退職願をポケットから出した。
「どうして?」
「すべきことはなくなりました」
「私はそうは思いませんね。これからが本当の仕事場じゃないかと思うのですが。とくに現場を動かしてゆくには私や相談役のようなきれいごと人間では無理ですよ」
と言いながら、
「取りあえず預かります」
とポケットにしまい込む。
「めどは?」
「あと一押しです。だがこれが結構重たい」







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裏切り合い

 Kジャーナルから加瀬の他殺疑惑が出されるとさすがに警察が動き出した。この記事にはM商事監査役の事故死をも疑問を投げかけてるだけではなく、柳沢のイニシャルY部長の不思議な動きが載せられている。熱海のホテルに柳沢が女と泊まった日に加瀬はほん近くの熱海の山で自殺している。監査役の車に車をぶつけたチンピラは柳沢に依頼を受けていたとそこまで書かれている。だがこれは黒崎の巧みな修正が入っている。
 今日は轟からランチの誘いがあった。
「警察が動き出したようだな」
「ああ、そちらの記事をさわってたろうが。印刷の前に急に変更を言い出したようで印刷の苦情が出たらしいぜ」
「どうなんだ?」
 ビールを飲んでいる轟に尋ねる。
「会長と会ったらしいがかなり文句を言われたようだ。今度は自宅のごみ箱のボヤ騒ぎがあったということだ。柳沢も追い詰められてるんだろうがね」
「マドンナの話はした?」
「いやあれはお宝だからな。もう少し値を釣り上げてな。そうそう赤坂は今どうなっていると聞いていたぜ?」
 黒崎は国営の土地の払い下げの情報は全くないようだ。轟も知らない。旗手社長はどうも黒崎から離れるような気がしてならない。未公開株の譲渡についても彼の名前は出てきていない。
「赤坂はあのベンチャー企業がものにする。黒崎さんも会長に足を引っ張られたな。うまく立ち回ろうとしてそれがあだになった」
「どうするかな。もともと黒崎は代議士の秘書時代から会長とは面識があったんだ。どちらかと言うと会長という木とともに大きくなったのさ。それで鈴木さんを送り込んだ。だがその彼は相談役に走った。裏切り合いながら平静を装う不思議な世界なのさ」
 轟も敏感に黒崎の斜陽を肌で感じている。
「ついてくるかい?」
「そのためには貸しを作らないとな」
「あのねぐらだな」






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終末の噂

 ミーに予算を出してもらって、小林の調査をケー君にお願いした。轟に任せたいところだったが、彼とはお金のつながりが強く黒崎に旗手社長の情報が漏れるのを恐れた。ただ旗手社長の性格を考えると、余程の確たる証拠がないと方針が変えられないということは理解している。
「少しいいですか?」
 調査部の一番年配の女性が顧問室の中の周平に声をかけた。顧問は朝から相談役の部屋に籠っている。会長はS銀行に出かけている。どうもS銀行は頼りにならないようだ。
「どうぞ」
「部の仲間を代表しての質問ですが、最近の噂を耳にされましたか?」
「噂?」
 そう言えば会社の人間と話すことがほとんどなくなっていた。とくに加瀬が亡くなってからはそれは酷い。
「調査部がなくなると」
「そんな噂があるの?」
「ええ、人事部が出どころのようですが、調査部の全員の社員シートの提出をしたとか」
 おそらく顧問の依頼なのだろう。
「直接話は出ていないが?だがこの部の存在価値は薄れてきているな」
「若い人はいいけれど、40歳過ぎの私なんかは退職勧告を受けるような」
 そう言えば、周平がこの部に入った時にはすでに加瀬と彼女が座っていた。
「何が悪かったのですか?やはり加瀬さんが?」
「彼の問題でもない。会長の経営の終末なんだろうね」
「鈴木取締役が会長についていたからですね?」
 いや、彼は相談役について逆に時代を先取りしていたと言いかけて言葉を飲んだ。そんなことは彼らには関係がない。加瀬すら出会いがしらの事故に過ぎない。調査部にいて赤坂の地上げから今に至る経過を理解していない。
 ポケットの中の携帯が振動した。今日3度目の赤坂の元姑のママからの着信だ。











 

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胸騒ぎ

 ミーから珍しく夜にメールが入った。周平は顧問に3時間に及ぶ調査部の仕事の内容を説明を終えた時だ。顧問はあまり好んで残業をしたがらないが、今日は特別に8時まで説明が続いた。彼はこの部の存在自身に懐疑的だが、だが業績に大きくかかわっていることも認めている。
「独り身だったな?」
 帰ろうとする周平の背中に声をかける。
「いえ、婚活中ですよ」
 周平は笑いながら外に出た。最近はどこに行く時も後ろを振り返る癖がついた。ぶらぶら赤坂の方に向かって歩く。赤坂見付のところにミーの常連のスナックがある。ママはどうも男性のようである。
「上司が来たわ」
 ミーの声が部屋のカウンターからする。
「どちらが上司だか」
「ちょっと気になることがあったの」
 座るなりバックからリストを出す。
「社長からリストの最終版が戻ってきたんだけど、10名ほどが追加されているのよ」
 周平が覗き込む。
「これは小林が持ってきたリストに入っていた政治家だな」
「私もそう思う」
「あの人昔から胡散臭いけど、今回は大胆なの」
「旗手社長は?」
「彼奴も社長になったからと笑っていたけど気になる。それに癖のある野党の議員ばかり」
「ここだけの話だけど、小林を少し調べてみたいと思うんだ」
 周平は出してもらったビールの小瓶をあおりながら胸騒ぎを感じている。
「賛成よ」





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バック

 M商事の決算報告が出て更に株価が落ち込んだ。思い切って赤坂の負債を処理したようだ。これは顧問の方針だったようである。最近は会長派も社長派もめっきりおとなしくなった。それに代わって相談役の息子の周りに吹き溜まりのように人が集まってきている。顧問はそういう付き合いを極端に避けているようだ。それで周平自身が顧問派の入り口のように思われている。
 ケイ君から新橋の喫茶店にいると携帯があった。店を覗くといつものように焼きそばを食べている。
「まるで飯を食っていない子のようだぜ」
「昨日は藤尾さんと終電まで飲んだよ」
 確かに酒臭い。
「小林さんはかなりやばそうだな。藤尾さんの地上げの会社にかなり融資しているな」
「赤坂の件かい?」
「もあるが、赤坂以外の資金需要にも出しているようだ。それでどうも藤尾さん曰くはバックを取っているということだ」
「具体的に?」
「最近投資マンションに会社の女子社員を住まわせたそうだ。登記を上げてみるさ」
 ケイ君はくしゃくしゃになった便せんのメモを広げる。何件か裏会社の名前が挙がっている。
「この許と言うのは?」
「それは最近の貸付先でね。評価のない物件で3億も出したらしい」
「それを調べれるか?」
「ああ、物件も教えてもらっているさ」
「ついでにその許も調べてくれ」
「会社も控えてきてるさ」
 これはケイ君と仕事をするのは悪くないなと思った。






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脅迫

 苛立った口調で国崎から呼び出しの電話があった。今日は顧問は朝から古巣のM銀行に出かけている。
 国崎の事務所に着くと、すでに呼び出されていた轟がソファに居心地悪そうにかけている。
「昨日会長の車のブレーキが触られていたようだ」
「運転手が?」
「車のドアが開いていたので調べて分かったそうだ」
「柳沢の脅迫ですね」
「それで催促されている。いつまでかかっていると」
 黒崎は会長から金を貰っているのだ。
「警察はやくざの兄貴のところで止まっていますよ。チンピラを殺す理由がないというわけですわ」
 轟が補足する。
「でもチンピラは監査役の車にぶつけたのは分かっているわけだろ?」
「この管轄は別でまだ事故と言う線が強いのです。ぶつけて自殺したという見方もありますよ」
 轟も黒崎の焦りにてこずっている感じだ。彼は確かにラインから外されてきている。
「いよいよ加瀬の記事を書くときですかね。このラインなら柳沢は引きずり出せる」
 周平が提案する。
「情報はあるのか?」
「轟さんところで調べてもらいたいことがあります。それで記事にします」
 これは轟にお金を落とす手だ。熱海の件を臭わす。こらはまだ黒崎には報告していない。轟の目が笑っている。
「ところで会長はどうなるんだ?」
 黒崎にはそんな情報も入らなくなっているのか。
「おそらく引退の条件でもつれているのでしょう」
「となるといよいよ旗手社長の出番だな」
 でもそのラインも弱くなっていることに気づいていない。







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消息

 ケイ君が夜の新幹線で戻ってくるというのを団長の携帯で聞いた。ほぼ1週間大阪にいたことになる。周平は今日は顧問に言われて現在の調査部の仕事の内容を仕上げないと帰れない。
 顧問の入った4者会談は連日続いているようだが、なかなかまとまらないようである。でも顧問はあまり焦っている風でもなく、周平にいろいろと課題宿題を投げかけてくる。
 周平がホワイトドームにたどり着いたのは夜の10時半を回っていた。
 相変わらず止まり木にはフランケン達が並んでいる。
「ご苦労さん!」
 席でビールの小瓶を飲んでいるケイ君に声をかける。
「もう団長に話した?」
「いやお戻りを待ちなさいとね」
 団長が笑いながら周平に小瓶とチーズを運んでくる。
「まず謝っておくよ。経費をいただいたのにはかばかしい情報は得られなかったよ。周平が住んでいたアパートのオーナーは見つけたんだが、どうも亡くなられてあのアパートが相続になったということだった」
「そうだな。お婆さんはあの頃で80歳くらいに見えたからな」
 よく玄関で乳母車を置いて座り込んでいたのを覚えている。
「それで相続をした娘さんを探して訪ねたが、ほとんどアパートとは交流がなく1年ほど業者に任せて立退きをさせたみたいだ。業者にも訪ねた。伯母さんと50万で話がまとまったようで」
「その時何か聞いていない?」
 団長が口をはさむ。
「近くの遊郭にお世話になると、もちろん遊郭にあたってみたよ」
 周平は昔よく走り回った遊郭の建物を思い出していた。
「やはり伯母さんが訪ねてきて交渉したらしいが最近は若い子しか置かなくなっていると言うので断ったそうだ。でも帰りに居酒屋で飲んでいると、年配の娼婦は最近映画館で仕事をすると聞いて覗いてみた。そしたら確かに半年前まで年配だが綺麗な人がいたという情報があった。写真を見せたが歳を取ったらそうな感じだと言っていた。もちろん携帯番号を教えておいたよ」











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狐に抓まれる

 藤尾が珍しいところに呼び出した。彼も有頂天の仲間になったかと少し周平は憂鬱になった。マキのクラブだ。いくら安いといっても、痩せても枯れても銀座だ。
「機嫌が悪そうだな?当ててみようか?」
 藤尾が笑いながら言う。
「俺らしくないと言いたいのだろ?」
「まあな」
「だが俺も接待すんだよ。そしたらマドンナに会ってな」
「そうか会ったか」
 マキが周平を見つけてビールの小瓶を抱えてやってくる。
「マドンナまだ勤めているのか?」
「ナンバーワンよ。ところでその包帯は?」
「柳沢にやられたよ。狂犬みたいな奴だ」
 もういつの間にかマキは玄関に走り出している。さすがにママだ。
「赤坂は大方片付いた?」
「今はSハウスの整理の応援さ。書類が足らないのが多い。下手すると半年かかるな」
「今は?」
「Sハウスの事務所に曲がりだ。柳沢も分からんだろうな」
「マドンナ謝ったか?」
「ああ、濃厚なキッスをされたよ」
「それは危険だな」
 話しているうちに、赤いドレスを着たマドンナが藤尾の隣に座っている。
「元気になったみたいだな?」
「狐に抓まれたよう!」


















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綻び

 新聞を広げていると、旗手会長の写真が目に入る。アメリカでとてつもないパソコンを買い付けたとある。これがあの代議士の言っていた紹介の買い物のようだ。どうも代議士の懐にアメリカ企業から幾ばくかの金が入るらしい。
 今日は顧問は古巣のM銀行の頭取に会いに出かけている。周平は気兼ねなく外に出れる。珍しく小林から携帯が入って赤坂見附のファイナンスの本社に出かける。ここはKジャーナル田辺の名刺で行く。すぐに社長室に通される。応接室に先客がいるようだ。許の顔が驚いているのが見える。
「ジャストタイミングだね」
 小林は機嫌がいい。許が頭を下げて出てゆく。
「知ってるの彼?」
「ああ、S銀行の紹介だよ。うちで出せないから頼むとさ」
「幾ら?」
「10億ばかしね」
 これは危ない。それが実感だ。
「今日は?」
「政界ルートの追加だよ」
「あれはこちらで絞り込んでいる」
「ミーも同じことを言ってたよ。ちょっと断れなくてね」
 テーブルに5人ほどの名前と株数が載っている。
「直接話してくれ」
「ミーとやったかい?」
 どうも表の世界に慣れ切ってしまったようだ。
「社員は何人になった?」
「もうすぐ2000人を超える。融資量も1兆円を超えた。それよかこれから銀座に繰り出さないか?」
 周平は黙って立ち上がった。
 表に出ると無意識に藤尾の携帯をかけていた。









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時代錯誤

「その肩はどうしたのかね?」
 今日から3者会談に顧問も入るようになったらしく資料を手にしている。
「いえ、自転車にぶつけられたんですよ」
「今や自転車も凶器ですね。ところで昨日田上専務が辞表を出しましたよ」
 それだけ言うと顧問は部屋を出てゆく。入れ替えに義足をはめた舅が顔を出す。
「もういいんですか?」
「座る場所がほしい」
 というなり足を投げ出してソファにかける。
「誰も名誉の戦士に座るところもくれないのさ」
「いやに弱気ですね?」
 隣の部屋に声をかけてコーヒーを2つ頼む。
「復帰を伝えてきたのだが相談役はもう少し休みたまえだとさ」
「そうでしょうね。時代は変わったのですよ」
 舅はいらいらしながら灰皿を探している。
「ここは禁煙になりましたよ」
「まったく!」
「今のM商事には柳沢も鈴木さんもいらないのです。もちろん私もその一人になると思います。ところで今日は何か用があるようですね?」
「ああ、昔の女房がいや銀座のママが会長の助け舟を出せと言ってきている」
「それは時代錯誤だな」
「もう可能性はないかな?」
「ないですね。今は条件調整に来ています」
「娘が男と別れてシングルマザーになったよ」
「それは初耳です」











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傭兵

「ケイ君を大阪に行かせたね?」
「ああ」
「私からも小遣い出しておいたよ。調べてほしいことがあるから」
 団長からそう言われてホワイトドームを一緒に出た。今日も少し遅刻をしてカオルの顔を覗きに行く。カオルについては再三再四出産を止めるように医者から言われているがカオルはがんと聞かない。で団長も周平もある種の怯えを抱きながらも引きずられている。
 朝の病院に続く道はひっそりしている。面会時間が始まると人出が増えて、昼から夜は娼婦の立ちんぼう天国である。カオルもその中に混じっていた時期がある。
「M商事辞めるの?」
「彼奴は口が軽いな」
「吐かすのは簡単。でもいいかもね」
「どうして?」
「面白くなさそうだもの」
 至極あっさりしている。確かに面白くない。ここまで来たら敗戦処理だ。その時後ろを何人かが走ってくる音がして振り向いた。ほとんど同時に先頭の一人にバットで思い切り振りかえりざまの肩を殴られた。
「やっちまえ!」
 掛け声とともに、後ろの2人がバットを持って飛び掛かってくる。その瞬間団長の今まで聞いたことのない雄たけびを聞いた。だが周平はうずくまってしまっている。団長に抱き起された時は、すでに2人はのびていて1人は駆けだしたいる。電柱のところに確かに柳沢の横顔が見えた。
「病院まで歩ける?警察は呼ばないからね」
「ああ。でも凄いね」
「傭兵だったらしいから」










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けじめ

 カオルの入院以来初めて団長を抱いた。半ば強姦のように押し倒して体の中に入った。無意識の強烈なパンチを食らって、周平は失神してしまったがそれが幸いにして団長が迎え入れた。カオルにはすまないが、何か頭の中のもやもやがとれたような気分だ。
 周平は生まれて来た子供を入れて、4人で暮らそうと考えている。それでまずM商事を退職しようと考えている。もうここですることはなくなったと思うのだ。
 夕方久しぶりにケイ君を出会った頃飲んだ終電の駅の赤提灯に誘った。
「懐かしいね」
 ケイ君は1時間も前に来てもう飲んでいる。
「ここから始まったんだよ」
「そうだな。でもホワイトドームでは話せないことだな?」
「まあね。M商事を辞めようと思っている」
「それはもったいない話だ」
「で、ホワイトドームのマスターかい?」
「そこまでは腹をくくれていない。今ある会社の仕事をしている」
「黒崎という?」
「そこじゃない。ベンチャーの会社だ」
「そこは面白いか?」
「ああ。でもどちらを選ぶにしろケイ君には手伝ってほしい」
「願ったりかなったりだ」
「それでどうしてももう1度大阪に行ってほしいんだ」
「伯母さんだね?」
「最近気になって仕方がない」
「団長も同じことを言ってたよ。周平は伯母さんに会うべきだとね。女の勘だね」
「・・・」
 周平は用意してきた20万の入った封筒を渡した。







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