夢追い旅 2016年12月

嫉妬

 京都から通天閣の飛田の店に入ったのは夜の10時を回っていた。おそらく話は終わっているだろうと思っていたがまだ団長と昔の姉さんはにこにこ笑って話している。 「周平やねえ?」 「ご無沙汰してます」  どことなく記憶の片隅に残っている輪郭だ。今は60歳を越えてると思うが、あの頃は地下の舞台で唄っていたアンの先輩だ。 「今は動物園近くの映画館で切符のも切りを。ここの女将さんが探して下さったの」  団長はすでに詳しい話を聞き終わっているようだ。手帳も閉じられている。 「アンが一度35歳頃再婚を考えた時期があったのよ」  団長が言うのに合わせて姉さんが古い写真を取り出しておく。アンと姉さんとちょび髭をはやした男が写っている。この男にも記憶があった。時々アンの部屋に泊まっていくことがあった。 「彼はその頃舞台の脚本を書いていたのよ。見た目より若くてアンより4つ下だったかな。売れない物書きで彼女が小遣いを渡していた。よく二人で映画を見に行ってたわ」   周平の中に男の言葉がよみがえった。 「お前は本当はアンの子なんだろう?俺はどちらでも構わんがな」 と言って暇があれば何かノートに書き続けていた。  小説を書く引き金はこの男かもしれない。自分が読んでいた本をせっせとこの部屋に運んできてくれた。だが、彼が書いた作品はこの時は目にすることがなかった。こういう同棲生活は3年ほど続いただろうか。ある日を境にこの男がぷつりと消えた。 「アンは二人目を妊娠した。男は喜んだがアンは一人で中絶をした。それが縁で別れたと思う」  記憶の片隅に残っている。男の大きな鞄が消えていた。  それから1年ほど経った、ある日卓袱台の上に一冊の月刊誌が拡げられたままになっていた。名前は知らない作家だが有名な賞を採った作品だとあった。これは踊り子としがない物書きの物語だった。そこにはなまめかしく怪しいアンという女と不思議な捨て子が描かれていた。主人公は最後は捨て子に嫉妬してこの街を出てゆく。
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時薬

 『噂の真相』の編集長、実は総理の私設秘書がまた政界に顔が聞くようになったという噂がある。いや総理がまた彼を必要としてきたのだろう。
 それで彼から今日の奇妙な京都祇園でのセッティングとなった。それを話したら団長が一緒に新幹線に乗ると言う。周平が祇園に行っている間に団長は通天閣に行くと言う。夜は飛田のスナックで一時一緒に仕事をしていたという姉さんとの話をケイ君に段取りさせたようだ。
 この祇園の店は旗手社長と何度か使ったことがある。部屋に通されると襖の近くにただ一人のお膳が置かれていている。隣の部屋に編集長と総理が食事をしているようだ。
「今回の大震災は予想外だったね?」
 編集長の声だ。
「会社の再建が見えなくなりました」
「でどうする?」
「ベンチャー事件は今後どういう展開に?」
 きっと総理にはこの事件の絵ができているはずだ。自分の名前が出てこないことも分かったはずだ。だから私設秘書をまた手元に引き戻したのだ。第1秘書ではできることは限られている。
「思い切り長く引っ張ることにする」
「時薬だな」
 重なるように総理の声が聞える。
「そろそろ引退の時期だ。院政を引きたい。そのためには金が欲しい」
「子会社を切り離します。負債もしっかりついていますが、それも使い道があります。仲介をお願いできますか?」
「面白い」
 これも思わず出た総理の声だ。
「Yテレビや銀行筋もこれからバブル崩壊が始まって合併狂乱時代が来る。政界も冬の時代だよ」
 その後からぽつりと、
「ひょっとしたら彼が勝ちを収めるかもな」
と総理のつぶやき。しばらく沈黙が続いてゆっくり襖があく。
「こちらで飲もうや」
 編集長が女将を呼んでお膳を寄せて、舞妓さんが入ってくる。














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大震災

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二度目の青春

 舞台の夜、ホワイトドームに戻ってきてみんな朝まで酔いつぶれた。そのままカウンターで演技の続きをしている者もいる。参加できなかったユキが眠たくなるのをこらえて見ている。目玉さんもギターを弾きながら自分の世界に入ってしまっている。団長と周平は定位置の片隅でちびちび小瓶のビールを飲んでいる。
「これからどうしようか?」
 これは周平が自分に問いかけている。
「私今回初めて舞台の脚本を書いたけど、まるでアンさんが乗り移ったようにすらすらペンが走った。夢の中にどんどん情景が現れてくるの」
「完全に母の中に入っていたよ」
「私まだ書き足りないの。アンさんがもっと書いて!と叫んでいる。私には記憶がなかったけど、アンさんの記憶が私の記憶に置き代わろうとしている。どんどんアンさんの感情が押し流されてくる」
「君を抱くと言うのは団長と母を抱くことになるのか?」
「アンさんは喜んでいる。これは今までは分からなかったのだけど、今回この舞台を演じてみて一つ大きな事実にぶつかった」
 団長の目が異様になまめかしく光っている。
「アンさんは周平に恋していたと思う。ひろしの自身を銜えるシーンで私はそれを感じた。だから自分を周平から引き離そうとし続けたと思う」
 確かに心のどこかに押し付けていた不確かなぼやけた記憶がある。どうもあのシーンがそれを蘇らせてしまったようだ。あのシーンに至る話を団長にはしたことはない。家を出て大学に通うまで、周平は体中の力が抜けるように眠った日は朝立ちしないほど疲れているのだ。そういう朝はアンはいつの間にか部屋からいなくなっているのだった。
 こんなこともあった。珍しく母が昔勤めていた寿司屋に一人で入ったことがあった。80歳近いお婆さんが、
「いつ戻ってきたんや」
と周平に声をかけてきたのだ。どうも周平は母似ではなく父似だったようだ。そのことを母に話すと急に怒り出して二度と寿司屋に行くなと叫んだ。色々な記憶がよみがえってくる。
「アンは二度目の青春を私の体を借りて迎えるのだわ」
 団長の声が確信に満ちていた。














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記憶の底の風景

 本人死亡でM商事の会長が監査役の殺人教唆で立件され、同時にM商事の社長は会長を解任した。その後任に代表権のない会長に相談役が選ばれた。筋書き通りだ。Yテレビの株の買い戻しも始めた。これについてはM銀行の頭取が一枚かんだ。これについても周平は『噂の真相』に記事を書いているので、原稿料として社長から送金があった。
 夜、新橋のビルから日比谷に出た。『アンの青春』の舞台を見るためだ。テント公演だが1か月も予定よりロングランしている。テントの前に来るとケイ君が舞台に案内してくれる。
 幕が開く。後ろに大きな通天閣の景色が描かれている。暗転。舞台が現れて、目玉さんが懐メロを歌う。彼は昔地下道のトンネルでギターの流しをしていた。目が見えないとは観客は思わないだろう。次に腹の出た小人のデカ鼻が蝶ネクタイで現れる。アンをマイクで紹介する。
 団長の扮するアンが当時の流行唄を歌いながら華麗に踊る。踊りは外人部隊の時に教えてもらったようだ。唄は学生時代から上手かった。あまり顔を見ない若い女が一緒に踊る。幕端にケイ君の顔が見える。何やら合図を送っている。
 突然舞台が真っ暗になる。三色のライトが交差するように舞台の中央に現れた全裸の女を照らす。アンがゆっくり滑るように舞いながら弾き語りを始める。後ろにバイオリンを持った目玉さんが浮き上がる。
「・・・大きな夢にあふれこの街に来たの。でも今は舞台が終われば私は悲しい迷子よ。裸の私、可哀そうな私。もっと可哀そうな息子よ・・・」
 紙幣が紙吹雪のように舞う。暗転。
 いつの間にか舞台裏に変わっている。フランケンが大道具を運んでくる。小人のデカ鼻が集めた紙幣を籠に入れて半裸のアンに渡す。アンはいくらかをパンツに押し込んで後はみんなに配る。腹の出た背広男がアンの背中を撫でている。口説いているのだろう。何度も首を振るアン。そばに少年が。暗転。
 薄暗い部屋に疲れ果てて眠ってしまった少年ひろし。電球の上に通天閣が見える。アンは呻くようにひろしのズボンを下げて彼の命を吸い続ける。
 周平は涙をぬぐうのも忘れて記憶の底に眠っている風景を見つめている。






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女は逞しい

 朝一番藤尾から連絡があった。9時から5時までということでいよいよマドンナが任意で呼ばれた。周平は『噂の真相』によって原稿をまとめて引き渡した。監査役を殺したチンピラを赤坂の地上げ現場でかくまっていたが、やくざの兄貴を使って柳沢が殺したこと。そこまでを証拠を示しながら書いた。いずれ自分も呼ばれるか漠然とした不安はある。
 藤尾とはマドンナを連れてマキの銀座のクラブで落ち合うことになっている。
「久しぶりすぎるじゃない?」
 ママ自身が玄関に出迎えてくれる。
「稼ぎがないもんでね」
 確かにママが出迎える客のなりではない。ボックス席に案内して女の子は呼ばない。
「周平昔のよしみで不動産の取引手伝ってくれない?」
「えらい羽振りだな」
「それが会長のママの店よ。会長が死んでからは閑古鳥が鳴いてたわ。でも銀座じゃ一等地だからね。この店はマドンナに任せる」
「銀座は弱肉強食だね」
 藤尾が入ってきて着替えたマドンナが顔を見せる。
「すべて話したらすっきりした!M商事の何とかいう係長のことも話したわ」
「藤尾と結婚する?」
「しない。でも同棲はしてる。私はマキママと銀座を制圧するの。柳沢の手帳に全裸の私の写真が挟んであったらしいわ。でもそんなもの脅しにもならないわ」
 M商事の秘書課にいた彼女とは同一人物とは思えない。
「女は逞しいのよ」
 マキが周平を見て笑う。男にはそんな逞しさはない。











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遺言

 ミーから朝一番連絡が入った。本社の社長室の応接室に10時に来るようにという旗手社長の伝言だった。
 久しぶりにスーツにネクタイをつけた。今はすでに旗手社長の秘書室長ではない。『噂の真相』の記者の名刺を持っている。あの新橋のビルの事務所は藤尾の会社の倉庫というふうになっている。周平はすでに存在しない人間になっている。 
「待ったかい?8時から最後の役員会議をしてきた。会長と社長は会議室で引き続いて記者を集めて発表をしている。私が完全に会社から離れると言う説明と、1兆円の負債を10年で返済する声明を公表している。だがそれは大したことではない」
 総務部長がソファに座る。
「これから彼とやってもらう。今回常務として再建会議委員長を兼務する。だが裏は周平に任せる。辞めるのを止める権限はもうない。お願いするだけだ」
「そんな力はありません」
「役員会議ではファイナンス上場ではまとまらなかった。ファイナンスの社長が上場を延期すると反対した。来月には上場は決定している。それで負債を半分にする予定だった。彼はやはり銀行員だったよ。この事件は待って好転することはない。それで部長は不動産を処理してくれ。周平は裏の事業を清算して、一部は表の返済に一部はあしながおじさん資金に回してくれ」
「赤坂も?」
「それはSハウスの社長に伝えてあるのでうまくやってくれ。ツキを失ったような予感がする」
「今回の事件ですか?」
「もあるが、まだまだ予想もしないことが起こるような・・・弱気じゃない」
「そんな」
 部長が心配そうに周平を見る。
「命があるうちに終わりにできるだろうか。どう転がろうと周平はこれを書き物にしてくれ。だが死ぬまでは公表するな。死ぬまでは格好良くな。それとミーを妹として面倒見てやってくれ」
 部長が携帯に頷いて立ち上がる。収監の時間が来たようだ。
























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夢の中

 夢の中で団長が書いた主人公のアンに会った。まだ周平が小学生の頃のあの写真通りの母いやアンだ。あの頃は時々まだ通天閣の地下の劇場で唄も歌っていた。不思議なことにアンは歳をとらないのに夢を見る周平はどんどん歳をとっていって今は同年代になっている。
 アンは機嫌の良い日は楽屋に入れてくれる。
「子供がいたのか?」
と常連が聞くと、死んだ妹の子を預かっているという。常連が気に入るとアンを飲み屋に連れまわす。そんな日は最後に二人分ほどの寿司箱をぶら下げて帰って来る。そのために周平は晩飯を食べずにお腹を空かせて帰って来る。でも常連客がつかない日が周平は一番待ち焦がれている。
「ついてくるかい?」
 その一言から始まる。楽屋の裏から細い露地を何度も曲がる。まるで夢心地の世界だ。もう10回以上行ったはずだが昼間一人では見つけられない店だ。
「よう、いつもの子供を連れて来たね」
 そういうと少し年輩だが男前のマスターが大皿から綺麗な盛り付けをこしらえてくれる。アンが言うにはこの人はお釜というらしい。ここではアンがマスターとデュエットで歌う。際限なく。時々ソファーで眠ってしまっているとふとアンの声が耳に響く。
「筆おろしは私がしてあげる。大学まで行かせてあげる。でもそこからは一人で生きていくのよ」
 何度も何度も繰り返す。
 いつの間にか目があいて頬が涙で溢れている。周平は2階の布団に潜って台本を読みながら眠ってしまったようだ。暗闇の中で暖かいものが口の中で膨らんでゆく。これは夢の中と同じだ。









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母はここで生きている

 もう3日会社に行かず、ホワイトドームのカウンターの片隅で『噂の真相』の記事を書き続けている。書き上げるとケイ君が編集局に届けてくれる。時々カオルを負ぶって公園をぶらぶらする。団長は劇団を引き連れて野外テント回りをしている。その間は客も少ない。常連たちはほとんどセルフサービスで手間がかからない。
「ユキはもう立派なちいママだな」
「ちいママって?」
「団長の代理ということだよ」
「嬉しい!」
 この時間はカオルはすやすや眠っている。棚に台本が載せられている。
「今回もケイ君の台本かい?」
「今回は団長の初台本だって」
 ついつい手を伸ばしてページを繰る。
 『アンの青春』の題名を見てはっとする。伯母いや母の物語だ。いつの間に書き上げたのだろうか。通天閣の下町が鮮やかに描かれている。そう言えば松七五三聖子も一時は物書き仲間で知り合ったのだ。だが実力では恋敵の友人が一つ頭を抜いていた。彼にノートを送り続けているが小説にしてくれているのだろうか。
「練習は見たことがある?」
「9時を過ぎるとここで読み合わせが始まるの。それを見る常連もたくさん来るよ」
「アンは団長だろう。少年ひろしは誰が?」
 少年ひろしは周平のことだ。
「うん。ほんとは私がやりたいと言っていたんだけど、店番とカオルの面倒があるので同じアパートの女の子を紹介したの。頭を男の子刈りされたので泣き出しちゃったけど、本当に似合っていたよ」
 話を聞きながら周平はすっかり少年ひろしの世界に引きずり込まれてしまっている。まるでアンがそこに生きているようだ。台本の中でアンは舞台に立って踊りながら唄を歌っている。
 母はここで生きている。







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暴く

 柳沢の事件を掘り下げて、2号、3号と書く。M商事の会長と組んだ柳沢が藤尾をマドンナの強姦という罠で退職に追い込む。会長によって取締役部長に昇進した柳沢によって片腕だった鈴木部長が押し出され、閑職であった創業者一族の相談役に近づき監査役に赤坂の地上げと不明金を指摘される。そこで柳沢の指示で暴力団のチンピラが追突事故と見せかけて監査役を殺した。もちろん記事はすべてイニシャルだが、見るものによってすべて実名が浮かぶ。
 今朝藤尾が任意で呼ばれた。彼とは入念に打ち合わせ済みだ。彼はいつの間にかマドンナとできているようだ。マドンナの任意も覚悟している。くすみかけていた赤坂事件がまた一般紙で旗手社長事件並んで特集記事になる。
 旗手社長は今朝の朝刊で全株をDの会長に譲ったと公表した。これで未公開株事件は旗手社長が背負い会社は志位体制の元、会長の指導で再建に向かうことになる。取引銀行は役員を派遣することもできず融資を続行を決めさせられた。
 夜、藤尾からこのビルの裏の怪しげなスナックに呼び出される。ここは地上げ時代からの馴染だそうで、このビルの露地から入れる。
「まいったね。昼ありの9時間だぜ」
 ボトルの焼酎の水割りを飲んでいる。周平にはビールの小瓶を頼んでくれる。
「調書のサインはした?」
「ああ、だがまた呼ばれるかもな」
「ポイントに整理して話してくれ」
 周平はメモを出してきて記入始める。
「まずマドンナの強姦についての事実確認だ。眠り薬を飲ませれて起きると半裸のマドンナがいた。それを柳沢に取り押さえられたという話をした。それで自己都合で退職する羽目になった。嵌められたと主張したよ。柳沢の手帳にそれらしいことが書かれていたのだろう疑わなかった。でもマドンナを呼ぶだろう」
「赤坂の地上げの不明金のことは?」
「それは次回のような話しぶりだ。ただ『噂の真相』と見比べていた。かなり信憑性があるという感じだ。最後に赤坂の地上げはどこから持ち込まれたかと聞かれたよ」
「そうか」
 周平は次号で赤坂の地上げがS銀行より会長に持ち込まれて始まったと書こうと決めた。















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仮釈放

 ブザーを押すとミーの声がした。おそらく私の顔が写っているのだろう。すぐにドアが開く。見慣れた玄関の奥にバアのカウンターがあり同じ部屋にダブルベットがある。さすがに綺麗にシーツが掛けられていて乱れは一つもない。
 旗手社長がカッター姿で『噂の真相』を数冊積み上げて読んでいる。
「直接こちらに?」
「ああ、またすぐに戻される。本社とは昼から会長と社長と会う。今の体制が続けば一安心だが、思わぬことも起こり得る」
 それは周平も考えているが、思わぬことが想像できない。
「政界も経済界も下剋上になっている。この事件が転べば体制が変わる。もう私の復権はないだろう。だが会社は潰さない。それは意地だ。下剋上も起こさせない」
 ミーが二人分のアイスコーヒーを入れてくれる。まるで新妻のようだ。
「最後のリストは完全に葬り去ってくれ。もし洩れたらそれは君しかいない。その時はミーに殺される覚悟をするのだな」
「そんなこと言わないでよ」
 ミーが話をそらそうとする。それで旗手社長は笑っている。
「この赤坂事件のシリーズはいい。今回の事件の関係者が絡んでいる。彼らは派手な行動は起こせない。その脅しも含めて書き続けるのがいい。時として核心のそばまで突いてみるのもいい。Yテレビの社長も自分の命は惜しい。銀行は日和見だしな。柳沢があんな行動に出るとは、まだこちらにツキは残されているようだ」
 今日の旗手社長は異常に雄弁だ。
「ミーは店をやるようだが、君も雑誌社でもするかね?」
「いえ、もう少し成り行きを見守ります」
「ありがとう。私が死んだら真実を公表してもいい」
 死ぬまで口をつぐめということだ。その時は誰も周平の言うことなど信じないだろう。








 

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迷路を演出する

 ケイ君を連れて箱崎の倉庫に3日間通う。ここの管理人は隣接するM商事の研修施設の管理人でもある。会長時代左遷された係長が一度の転勤も昇進もなく間もなく定年を迎える。前の部署で何度か調査でこの倉庫に調べに来たから顔は覚えられている。このような墓場が全国に幾つもある。
「今日で終わるのかな?」
 ケイ君が積み上げられたダンボールを入り口に移動させながらあまりの量に閉口している。
「とは言っても6時にはトラックがやってきて本社に運び込む」
 とくに興味のある資料は持ち込んだ鞄に入れている。とくに興味が引くのは藤尾ノートだ。彼もすでに記憶から消えてしまっているが、赤坂の地上げの裏資金の管理手帳だ。通帳の覚書のようで出入りにコメントをつけている。会長の引き出しが大半だ。これを柳沢も忠実に引き継いでいる。とくに柳沢時代は会長の引き出しが大胆になっている。5億にはなるだろう。無印は柳沢自身の引き出しだろう。1億は下らない。
 昼過ぎに管理人から弁当の差し入れがある。それと暇つぶしにと雑誌と新聞を置いて行ってくれる。
「今朝旗手社長が保釈金を積んで出てくるらしい」
 ケイ君が新聞の一面を見せる。すでに出てきている。本社に行ったか。無意識にミーの携帯を呼び出す。留守電になっている。
「週刊誌では未公開株のもう一つのリストがあると出ているが、そんなもの本当にあるのか?」
「ある。だが外に出せない。でもそれがあるからこそ、この事件をこれ以上大きくしたくないと思っている人達がいる。Yテレビの社長のように暴き出してその人達を引きずりおろしたいと思っているグループの存在する。でも彼らも誰が該当してるかは知り得ていない」
「でどうする?」
「ぎりぎりの事実を出すことによって本丸を隠そうとしている。それには柳沢は格好の題材なのだ。彼は欲にくらんで核心を見落としていた。だから彼を追うことで迷路に迷い込む」
 6時きっかりにトラックが倉庫に乗りつける。本社の総務部がどこから湧いてきたのかあっという間に3日間かかった段ボールを運び出してしまう。
「明日私のマンションに8時に」
 ミーからの久しぶりの連絡だ。












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歴史を組み立てる

 今日はユキが店番で団長とカオルを連れて墓参りに行く。小さな墓石だがカオルの名前と母の名前が刻んである。これはM商事から貰った退職金を当てた。さすがに旗手社長の裏金は使えない。団長は毎月花を挿してくれているようだ。
「カオル、お母さんとおばあちゃんよ」
と団長が言う。カオルにとって初めての外食だ。
「遅くなる?」
「いや、男3人の食事会だからな」
 M商事の社長と監査役だ。赤坂の個室を借りている。
「どうでした?」
「少しだけと言いながら8時間も缶詰だよ」
「どこまで調べていたのですか?」
「なぜ社長選で会長に敗れたかから聞いてきたよ。それで鈴木部長の工作に敗れてと言ったよ。次に『噂の真相』を出してきて藤尾課長の事件を尋ねてきた。横浜にいたから知らないと答えた」
 警察も『噂の真相』を見ていてくれているのだと思った。
「Kジャーナルの鈴木記者だねその鈴木部長はと確認してきたので頷いた。なぜ鈴木と組んだと。そこから監査役のことになった。殺したのは柳沢の彼女の兄貴のチンピラだそうだ」
「柳沢手帳に書いてあったのだと思いますよ。でも警察はこれから証拠固めが大変ですよ。みんな死んでしまってますから。ところで重体の女性は?」
「死んだらしい」
 無理心中だろうか。
「会社には?」
「赤坂事件の資料を出せと言っている」
 同席の社長が答える。
「頼みなんだが、赤坂事件の資料を抜粋してくれないか?今そっくり箱崎の倉庫に入れている」
「蔵入りですね。適当な依頼書を作ってください。3日ほどもぐりますよ」
 M商事の臭いものはすべてここで眠っている。
 『噂の真相』の事実を固めるものだけ資料として提出すればいい。




















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謎解き

 今日からミーの姿がない。置手紙があり池袋でファーストレディ2のオープンの準備にかかるとある。ドアは施錠したままにしている。電話もかかってこない。
 今まで書き留めてきたM商事の赤坂事件をもう一度整理してみる。それを柳沢を主人公にして改めて書き直してみる。柳沢が赤坂担当の一不動産担当から会長と組んで部長になるための藤尾の婦女暴行事件をまとめ上げ原稿を書き上げる。これをケイ君に『噂の真相』まで運んでもらう。
 夕方に轟が姿を現す。新聞記者に変装している。
「寂しいね。ミーさんに会いたかったのだがな」
と冷蔵庫に直行して小瓶を2本抜いてテーブルに置く。
「会長の殺人事件の本部が熱海から警視庁に変わったぞ。朝一番M商事にがさ入れに入った。相談役が任意同行だ。昼からはKジャーナルの鈴木も呼ばれた」
「柳沢手帳だな?」
「中身は少し分かった。警視庁の方がパイプがあるもんでな。あの手帳は柳沢の覚書のようなものだ。だがすべて人名はイニシャルだそうだ。会長から将来専務を約束されていたようだ」
「会長ならあり得るだろうな。これで警察で中途で止まっていた監査役とチンピラと加瀬の殺人事件がつながる。その代り赤坂事件がまた浮上してくる。それがいずれベンチャー事件につながるとはだれも思ってもいないだろうね」
「周平はどうする?」
「旗手社長にはお返しができたが、柳沢の執念には敬意を払わないといけないのかと思う」
「謎解きを手伝うのか?」
「いや謎解きを利用させてもらう」
 Yテレビに社長と総理の顔が浮かんだ。無傷では終わらせない。






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蜜柑の皮

 森の中は靄が立ち込めている。熱海の駅まで轟が車で迎えに来てくれた。あまりにも予想外、いや忘れ去られていた事件だった。現場から少し離れた空き地に車を止めて山道を歩く。15分ほど登ると、テープが張り巡らされている現場に出る。
「M商事の監査役もあのチンピラもこの谷に飛び込んで死んでいる。まさか柳沢がとは思ったが、この森を見ていると決められた森だったような気がしたよ」
 煙草をくわえた轟がふーとため息を漏らす。
「9時半頃、別荘に向かった会長の車の後から柳沢の車が付けていたようだ。いきなり後ろの車がスピードを上げて突っ込んだ。ブレーキ痕はなかったということだ。会長と運転手は即死、柳沢は救急車の中で死亡、やくざの妹は重体でまだ生きているようだ」
 崖から柳沢の車体が見える。
 携帯が鳴って轟が頷きながらしゃべっている。
「ダチの元刑事だ。殺人事件として本部が置かれた。柳沢の手帳が発見されたようだ。そこに殺すとあった」
「そこまで恨みがあったのか」
「その手帳に書かれているのだろう」
 さすがに警察も今回は事故としては扱えない。
「手帳の内容は見れないだろうな?」
「試しに調べさせている。これも報酬料の範囲にしてくれ」
「ああ、どこまで書いているか。こちらも呼ばれることになるかもな」
「柳沢が周平がどこまでかかわっていたかを知っているかだな。彼奴の頭の中までは分からん」
 警官が崖から上がってきた。立ち去れという身振りをする。とっさに記者の腕章を見せる。それから携帯を無意識にかける。
「『噂の真相』に柳沢の記事を載せる」
「今日テレビで見たよ。準備しておく」
 この事件は赤坂に繋がりベンチャー事件に繋がっている。闇の中でこそ歴史の事実が組み立てられている。表の報道は蜜柑の皮のようなものだ。














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まだ幕は閉まらない

 今日はミーと仕事が終わったらこの事務所で飲むことにしている。それはどちらからともなく決まったことだ。ここまでが旗手社長から託された仕事だった。ミーは夕方近くにある商店街に買い出しに出かけた。D社の会長が就任することで、銀行は迂闊に手を出せなくなる。Yテレビの社長も自社で大スクープを出してから反撃はできない。
「さあもう店じまいよ」
 いつの間にか戻ってきたミーが大皿にハムや刺身を並べる。自分はブランディのラッパ飲み。周平にビールの小瓶を抜く。
「短かったような長かったような」
「ラッキーセブンよ」
 目の前に7という数字を書く。
「周平とやった数」
「でどうする?」
「うん。六本木にファーストレディの姉妹店を出そうかと。予算は旗手社長にOK貰っている」
「それもいいかな。ではここを閉めるか?」
「閉められないわよ。裏の会社があるもん。藤尾さんにでも任せる?」
「赤坂もSハウスに移すからなあ」
「でも私はここに時々来るよ。ここの子会社の社長としてやるのよ。周平ももっと好き放題に裏の会社をやれば?」
 急にミーが縺れてくる。その時に携帯が鳴った。
「明日朝一番熱海に来れるか?」
 轟の急き込んだ声だ。
「どうした?」
「動いた!柳沢がM商事の会長の車に突っ込んだ」
 まだ幕は閉まらない。






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幕を下ろす

 夜は眠れなかった。旗手社長ではなく自分が主人公になったような気持ちだ。
 カオルは夜泣きしない子だ。もうはいはいができるようになって、蒲団から周平の膝元までやってきてすやすや寝ている。
「寝不足じゃない?」
 団長が送り出してくれる。こんな平凡な男が一つの時代の大博打を打っていることを誰も知らない。
 銀座のベンチャー本社の玄関で受付を済ませる。今日は『噂の真相』の記者で招かれている。会場にはマスコミ関係が50社ほど集まっている。すでに朝刊にはY新聞のスクープが流れている。Y新聞の東京本社の腕章を巻いた男がつまらなそうな顔で自社の大阪支社の新聞を手にしている。どこから腕章を手に入れたのか轟がカメラを首にかけて周平に笑いかけている。
「お待たせしました」
 総務部長が脇のマイクから挨拶をする。
「まさに電撃だね。社長の他は大した人物はいないと聞いていたが?」
 横の雑誌社の記者が話しかけてくる。すぐにフラッシュがたかれる。D社の社長が壇上に上がってくる。
「社長とはそれほど馴染ではなかったのだが、この会社は新しい時代を背負っていると思っていました。・・・新社長の再三の訪問に根負けしましたよ」
 段取り通りの立派なうそをついている。
「D社は?」
「いずれ息子に社長職を譲ります」
 と言いながら新社長を呼んで肩を組む。D社の社長の目がしっかり周平を捕らえている。
「正式には?」
「代表取締役会長ですが、この業界のことは分からんから新社長を支えることになるね」
 周平はメモを取らない。筋書きを描いたのは周平なのだから。ゆっくり下がりながら幕の外に消えてゆく。ああ、終わったのだ。そう思うと妙に涙が流れてくる。周平の前に白いハンカチが差し出される。
「泣かないのよ。男の子でしょ」
 そばにリクルートスーツに身を固めたミーが受付嬢として立っている。


















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世紀のスクープ

 許の行方不明の情報が日本海で沈められたという信じがたい内容で伝わってきた。例の銀座の黒幕を訪ねたが、東京の組に軟禁されているとのことだ。黒幕が大阪と東京の調整を取っているとのことだ。
「もう限界だ」
 新社長は額の汗を拭きながら砂漠を迷っているような目で周平を見る。旗手社長の危惧がすでに出始めている。この人はナンバー2の人なのだ。
「あのリストに基づいて15人ほど経団連関係の社長に会ってきた。当社の代表会長を受けてくれる人はいない。銀行も9行回ったが取締役の派遣の話ばかりだ。さすがにあの債務を見て潰そうなんていうところはないが」
 周平は『噂の真相』の記事を見せる。
「ああ、これで新聞社からひっきりなしの電話だ」
 その時、私設秘書から電話が入った。
「明日の朝刊だ。D社長も談話に入ってくれた」
 そう伝えると切れた。
「明日のY新聞の大阪版の朝刊にD社長のベンチャー会長就任のスクープが出ますよ。社長は昼前にはD社長と正式な発表を本社でしてください。総務部長にこのリストに電話を掛けさせてください」
 ほとんど同時に、Sハウスの社長が入ってくる。
「段取りはできたか」
「ええ、しばらく飲んでから二人で出てください。記者が何人か張り付いています」
 外には轟が見張っている。周平はケイ君と部屋に戻ってしばらく飲み直しだ。
 周平も妙に体がワクワクしている。Yテレビの社長は自ら仕掛けてきたが、自分の子会社の新聞に強烈なパンチを食らうことになるのだ。
「どうなるんでしょうかねえ?」
「ここまでは旗手社長との約束だ。その後はゆっくり考える」








テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

中間省略

 朝テープの要約書とコピーのテープをミーに本社の社長室まで運んでもらう。それからの判断は旗手社長に任せるしかない。
 昨夜は横浜に出かけていた団長が9時過ぎに戻ってきて、凄く機嫌悪そうで周平は早めに店を上がって蒲団に入った。その表情を思い出しながらケイ君からの連絡を待っている。昨日には東京に戻ってきているはずなのに携帯に出てこない。そんな時にようやく携帯が鳴った。
「遅い」
「すまん。小林の件報告するよ」
「こちらに来たら?」
「いやこれから・・・」
 語尾が聞こえない。
「例の殺人事件のあった古家の一帯を許の別会社名で買うという話が出ている。だが買い付け証明はそちらの不動産会社の大阪支社長名で出ている。その記者の話では中間省略をするという」
「その中間省略というのは?」
「真の所有者は許だということらしい」
「さすがにそんな融資は無理だろう」
 人事部長が送ってきた稟議受付簿を広げる。確かに大阪支社長のラインの会社が稟議を出している。赤線を引いて?マークが入っている。そう言えば藤尾の会社が赤坂の地上げでよく融資を受けるパターンだ。
「いやそうかもしれん」
「もしここが買われたら大阪のやくざの会社の土地は出口を塞がれることになるそうだ」
「ところで横浜で団長と会ったな?」
 返事がない。
「詳しいことは団長に聞いてくれ」
 しばらく間があって、それだけ言うと切れてしまった。















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大芝居

 新社長にD社長から貰った会社リストを軒並み回ってもらっている。
 合わせて『噂の真相』もベンチャー企業の連載を載せることにした。だがこれは世間で書かれている未公開株ではなく、この会社の規模を大胆に書いている。総売り上げが1兆を超えている。銀行借り入れも1兆だ。実に驚くべき数字を的確に載せている。これは本社の財務の数字だから外れることはない。銀行も一瞬凍りついただろう。
 旗手社長からは暗号で拘置所から弁護士から新社長に入りこちらに流れてくる。今の対応に満足してるとある。
「どうだ?段取りはできたか?」
 『噂の真相』の編集長だ。彼は今は総理の私設秘書時代より収入がいい。大手のクライアントも連携先の一般紙もできている。それは総理からの情報が出ているという風評だ。風評は手ごわいものだ。真実以上の力を与える。
「面白いところが餌に食いついた」
「思わせぶりが旨くなったな」
「君からOKが出たら大阪にこれから出かける」
「旗手社長の了解がいることもある」
「いやもう彼は君に投げているさ」
 あの人は信じるととことん信じるところがある。周平は信じられるととことん頑張ってしまうところがある。妙な関係だ。
「実はY新聞の大阪支社だ。唯一Yテレビの社長に反逆している部隊だ。話は担当記者にしていて部長のOKもとっている。原稿を持って大阪支社長に会う予定になっている」
 この原稿もほとんど周平が書いたものだ。すでにD社の社長にも見せている。
「・・・周平です。あの内容で行きます。Y新聞の大阪です」
「これは面白い!」
 D社の社長だ。 
「OKだ。『噂の真相』でも明日一番に新社長の行脚先で記事を載せてくれ」
 旗手社長はわが身を捨てて自分の分身を守ろうとしている。














 

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虚をつく

 今日は乳母車に乗ったカオルを連れて団長が山の手線の駅まで送ってくれた。周平のことをパパと呼び団長のことをママと呼ぶ。周平はカオルの瞳の中にカオルを見ている。まるでカオルは小さなカオルの体を借りて蘇ってきたようだ。
 周平は書き上げてきたノートが出来上がるたびに松七五三聖子の恋敵であった友人に送り続けている。でもそろそろ終わりにしようと何度か手紙を書きかけたがそのままになっている。
「行ってらっしゃい!」
 団長の声でカオルにバイバイをする。
 ベンチャー事件は収まるどころか日に日に燃え盛ってゆく。昨日は専務が新社長になって旗手社長が会長になる人事が発表されたが焼け石に水だ。それで新社長から神戸行きを頼まれて東京駅で総務部長から旗手社長の手紙を受け取る。
 新神戸に着くと知らされたホテルの部屋番号に直行する。
「いよいよだな」
 手紙を手にしてD社の社長が神戸を見渡せる広いガラス窓に向かってつぶやく。
「彼は自分の望んでいるものを伝えるために今の会社は守りたいと言っている」
「何をしようとされているのですか?」
「専務では持つまいと思っている。彼は常に縁の下の力持ちであり続けた。このままでは押しつぶされるとみている。それで私に会長職をしてくれと言っている。世間は二人の仲を知らない。だから虚をつくことになる。いい作戦だが、火の中の栗をつかむには段取りがもう少しいる。だがこれはうちの社員に係らせることが出来ん」
「何をすれば?」
「新社長に売り上げを落とすなと伝えてくれ。銀行もあまりにも巨額ゆえ融資を止めることはできない。だが彼らに任せておくと新社長を銀行から送ってくる。それでは潰れたも同然だ。新社長が会長をお願いに回っている噂を流してくれ」
「分かりました」
「彼を将来の人達が評価する日がきっと来る。私は信じている」







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かく乱工作

 小林がふけた。会社は民事裁判を取り下げた。問題は許の件だ。その調査は轟に任せている。裏の業界では約束を守ることが大切だ。
「結構大変な作業よ」
 ミーがテーブルに積みあがった雑誌の切り抜きをしている。
「Y新聞系がベンチャー事件を連載にしているけど、ここが一番過激ね。未公開株のリストに沿って実名で調査報告をしている」
「ファイナンスの方に査察が入った。リストの人間で借り入れをしてるケースが結構ある。ファイナンスの社長からは借入リストを貰ったが、裏のリストの人間はいないようだ」
「社長交代の議論が始まっているわ」
 これは定期的に総務部長から報告が入る。
「旗手社長は交代については腹案がありそうだ。でもここは裏のこちらは関わらない」
 チャイムが鳴って轟の顔が防犯カメラに映る。これは藤尾がつけてくれた。
「許の件だが大阪と東京の組が探し回っている。彼は京都駅裏の土地を買って双方に商談を持ちかけて値段を釣り上げていたようだ。それが買えなかったでは済まないな。殺される」
「どこにいる?」
「1日前までは京都の会社にいた。今は行方不明だ。小林は?」
「約束を守ってふけたよ。例の不動産の大阪支社長は?」
「調べてみたが会社にこもりきりで泊まり込んでいるという話だ。案外二人とも気が小さいな」
 ミーも周平も暗黙の内で考え続けていることがある。どこまでやるかということだ。これは旗手社長が拘留されるまでに旗手社長の意向は伝え聞いている。裏のリストさえ消してくれたら好きな道に進むがいいということだ。
「轟、この記事をいつものところに届けてくれ」
 『噂の真相』もしっかり業界紙の仲間入りをしている。今度はYテレビ社長がM商事会長と組んで乗っ取りを企んでいる情報を赤裸々に書いている。もちろん黒崎と舅も伏字で乗せている。
 だがベンチャー事件を消し去れないと思っている。ただ旗手社長の希望の核心だけそらしてくれということに全力を注いでいる。






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プロフィール

夢人

Author:夢人
これは30年前から書き始められた小説です。
日記風に手書きされた原稿にもう一度読み返して書き加えたものもあります。この小説は本来活字にはしないことにしていましたが、某社長がなくなれた記念碑で発表を決意しました。

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