夢追い旅 2017年01月

夢の中に住む少女

「この子は好みなんだが」
 マントの男が、鋸を引くだろう男に小さな声で話しかける。何とも濃厚なデープキッスをする。小人が重そうな棺桶を起こして中を見せている。どうしてもキッスに目が行く。鋸男も、残念そうに棺桶の準備を手伝う。もう一度、全裸の少女の全身にスポットライトが当たる。
「私は、魔術師ではありません。これなる少女が人形でない生身であることはお分かりいただけたと思います。出来ればもう一日、この子の愛撫に時間をかけたいところなのですが、その気持ちを抱いてお別れする時に、私は生きがいを感じる人間なのです。愛するから、その命を奪いたい」
 マントの男が、少女を棺桶に寝かしつける。それからゆっくり小人も手伝って棺桶を床に寝かせる。鎖を巻きつける音がリアルにする。
「少し嫌な鋸の音がしますが、僅かの瞬間ですので我慢してください。ちょうど少女の体の部分にさしかかると、鈍い音がしますが、その音は嫌だという人は、今から耳をふさいでおいてください。その時、たまに微かな悲鳴が聞こえることもあります。これは私には読み込めないことです」
 すでに筋肉男が、棺桶に鋸を載せている。
 確かに、鋸を引く単調な音を出している。小人が例の耳をバタバタさせて舞台の前を動き回る。そして、はったと立ち止まって棺桶に耳を澄ませる。ぶにゅ~という嫌な音と同時に、微かにひ~という声がしたように思う。合わせて小人が尻餅をつく。鋸がゆっくり引き抜かれる。鋸に赤い血の跡が見える。舞台の照明が薄暗くなる。
 マントの男が、30センチほど切り離された棺桶を動かせてみせる。
 観客は誰も声を出さない。男はマントを脱いで、恭しく棺桶にかぶせる。
「ショーはこれにて終わりです。これはマジックショーではないですから、もちろんもう一度この舞台に少女を立たせることはできません。種明かしもなしです。私たちが住んでいるこの世界でも、こういう不思議なことは何時でも起こっています。でも、あえて気づかないことで、ほとんどの人は通り過ぎてゆきます。でも少女は、いつもあなたの夢の中にいます」
 照明が明るくなったときには、棺桶も、マントの男もいない。ベレイボーをかぶったケイ君が演出家として舞台で案内されて頭を下げている。
 周平は、自分の夢の中にも少女が住んでいると漠然と思った。







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幕が開く

 約束の時間に、もう一度クラブに戻る。
 入口で名前を言うと、片隅のカウンターに案内してくれる。
 水割りが出てくる。メモ用紙にケイ君とある。舞台がはけたら、一緒に車で店に行くなら、団長の了解はとったと、走り書きがある。
 ざわめきが収まって、舞台にスポットライトが当たり、黒マントの男が映し出される。
「世の中には不思議なことがたくさんあります」
 団長の声である。
 幕が開いて、小人が棺桶のようなものを引きずってくる。
「しばらく世間の煩わしいことを忘れて、私の不思議な世界にご案内します。そう、一つだけお約束してください」
 七色のライトが、不思議な世界にいざなう。
「この場でどのようなことが起こりましょうとも、警察などに通報したり、写真を撮られたりすることのないようにお願いします。すべて、異次元のこと、ショーが済みましたらすっかり忘れて、楽しいお酒を過ごされますように」
 棺桶を引っ張ってきた小人の顔がライトアップされる。あのでか鼻である。もう少し背が高かった気がする。黙々と棺桶の鎖を解いている。重そうな鎖の音質効果がいよいよ怪しげに響く。
「今夜は皆様方のために、一人の少女を買ってまいりました」
 その声を待っていたように、でか鼻の小人が棺桶の蓋を重そうに開ける。
 クラブの観客が、いつの間にか中腰になって棺桶の中を覗いている。何か白いものが少し見え隠れしている。片方の幕から、上半身裸の筋骨隆々とした男が、いかにも重そうな鋸を持って入ってくる。黒マントの団長が、棺桶の中に体を沈める。裸の手がマントにかかる。何とも緩慢な動作だが、時間が止まったように感じる。
「おお!」
という歓声が起こる。
 全裸の少女、いやカオルだ。目を閉じている。団長は軽々と片手で支えると、形の良い乳房を鷲づかみにする。今度は、明るすぎるくらいの照明が少女を映し出す。逆に明るすぎて見えないのだ。人形でないとでもいうように、マントの男は少女に頬ずりをしながら、瞳を開ける。瞳は、一点を見つめている。
 

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ケイ君

「また珍しいところに呼び出しだな」
 銀座のはずれにあるそれでも老舗で有名だ。周平も接待で何度か入ったことがある。まだ、日の沈まないこの時間に入るのはちょっと興味がわく。
「約束は守るたちでね」
 今日は、Tシャツにジーンズというラフな格好である。
「これがもう一つの仕事着」
「ここはクラブの楽屋裏だね」
「そうです。この時間は、ここは誰も入ってこない。ビール抜くかい?」
 返事も待たずに、ビールの小瓶を抜いて渡す。
「団長と直に話したんだよ、きちっとしたサラリーマンは苦手みたいだから無理だとさ」
「嫌われたわけだ」
「大した売り上げもないスナックなんだけど」
「それで独断だけど、詐欺師の話に乗ったよ」
「詐欺師の話に乗る?」
「カオルが詐欺師だと言い張っている。詐欺師なら、俺たちのメンバーに支障がない」
 思わず笑ってしまった。
「なら詐欺師でお願いするよ」
「それで今日なんだ。あの名刺は忘れたことにするよ。馴染の詐欺師にしたよ。ここでもう一つの商売をする。ちょっとした前衛劇だよ。これでも脚本家さ」
「それこそ詐欺師だな」
「紙一重だね」
「俺はケイ君と呼ばれている。今日から10日間ここで公演、店には団長たちは出ない。店の地図はここにある。もうすぐ団長が来る。舞台の準備さ。二人で話している姿を見てもらう」
「じゃあ、この名刺を渡してくれ」
 周平は、Kジャーナル記者の名刺を出した。
 背中に、熱い視線を感じた。








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黒い霧

 いずれ取締役の舅から、詳しい話があるだろうと思っていたが、それらしき兆候もなく、本人も出張らしく会社にも姿が見えない。とくに呼び出しもないので、何件かの仕掛中の作業を続けている。
 Kジャーナルを調査してみる。これは業界紙と言われる類の会社で、表向きは経済情報誌を無理矢理会社に売りつけている。主催者は国崎、昔は有名な国会議員の私設秘書をしていたとある。何件かの有名な事件に顔を出している。M商事の代表者の件もその中に含まれているようである。
「お出かけですか?」
「ああ」
「匿名の仕事なんですね」
 加瀬係長が、にやにや笑って声をかけてくる。
「取締役からそのように聞いていますよ。手伝うことがあったら何でも言いつけてください」
「で、取締役は?」
「今朝から会長と沖縄に出かけていますよ。会長は何か動き出すときは、沖縄に出かけるのですよ」
「君がここでは一番古かったかな?」
 周平は、打ち合わせソファーに座り直した。
「いえ、立花ですよ。もともと今の会長の取締役の時の運転手だったんですよ」
 この男は社内情報は詳しい。そういえば、周平の部署に目立たない社員がいた。
「いてるかな?」
「いますよ。取締役の運転手だから、今日は暇だから下の喫茶店で新聞でも見てますよ」
「呼んでくれないか?」
 いうより早く携帯をかけている。いたようだ。
「こちらから行くと言ってくれ」
 周平は立ち上がって、エレベーターに向かっている。
 確かに、気まずそうに頭を搔いている。どうもここが役員の運転手のたまりらしい。
「ちょいと調べもので・・・」
「いや、ちょっと尋ねたいことがあったんだ。昔から大きな動きがある時は、沖縄に出かけていたと?」
「加瀬さんですか?私は行ったことがありませんが、会長と取締役はそうですね」
「今の会長の社長交代時もおられたようですね?」
「はあ、この部署は、もともと2人社員から始まったんです」
「その時も沖縄に?」
「そうでしたね」
「Kジャーナルの国崎って知っています?」
「ええ、事務所に送りましたから」
「池袋?」
「そうです」
 やはり国崎と取締役は繋がっている。国崎は事実を伝えている。
 その時、携帯が鳴る。取締役かもしれないという予感で、画面を覗く。
 あのスリだ!






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周平が二人

 車が連れて行ったところは、アパートからそれほど離れていない。運転手は車を車庫に入れると、そこからエレベーターに乗る。ここに取締役がいるのか。
「入ります」
 真面な会社の雰囲気ではなさそうだ。大きな皮のソファーに黒塗りの大きなデスクがある。
「座りたまえ」
 先ほどの運転手がコーヒーを運んでくる。柔和な表情だが、目が笑っていない。ビルは古いが、部屋の内装は豪華だ。まさか本物とは思えないが、大きな風景画がかかってある。
「鈴木取締役は?」
「先ほどまでここにいたよ。彼は、昔この事務所にいた。久しぶりに使える男にあったと思っていたが、今のM商事の会長に取り上げられたよ」
 この話は初めて聞いた。
「そうだな、彼は5年ほどここにいて、ライターの仕事をしていた。M商事は昔からのお得意さんだ。今の会長が、社長になる時に、初仕事で手伝いをした。社長の確率が一番低かった男が、なぜか社長になった。その時、彼が担当について、M商事の課長になった。仕事の時だけの貸し借りと思っていたが、気に入れられたようだ。今の初代の企画室長だ。何をしているのかは誰も知らない」
 そういえば、相談はたいてい会長の秘書からかかってくる。現在の社長は、資金繰りがしんどかった頃銀行から来たと聞いている。今でも会社の決め事は会長のツルの一声で決まる。
「裏話を簡単にしていいんですか?」
「いや、おいおいもっと深い話をする時が来る」
「たとえば、鈴木君の奥さんに会ったことは?」
「もちろん、義理の母になりますから。銀座のクラブの経営をされていますね」
「それは表向き。会長の彼女だったんだよ」
 そういう噂は一つも流れていない。
「娘さんは?」
「会長に似ている」
 確かに、ペイペイの結婚式に会長が顔を出した。それが周平の出世の神話になっている。
「入ります」
 先ほどの男がドアを開けて入ってくる。
「この名刺を使ってくれ」
 名刺には、田辺一郎とある。先程、アパートで書いた名前である。Kジャーナル記者とある。
「しばらく、君は二人だ。M商事は匿名の仕事と言うことで、話はできている」








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ねぐら

 押し入れから初めて東京に就活に出てきたときのスーツに久しぶりに手を通した。お腹周りが何となく苦しい。
 もう何年も貼りっぱなしになっている空室ありの張り紙のある年代物のアパート。
「先ほど電話した田辺です」
 つい昔の名前を使っていた。
「空いている」
 乾いた声がして、厚化粧の60歳がらみの女が顔を出す。
 机があって、電話が何台も並んでいる。若い女が2人交互に全く違う店の名前で電話に出ている。
「厄介ごとはお断りなんだから…」
 最後はぶつぶつで独り言のようだ。無造作に紙と鉛筆を出す。
「好きな名前と住所を書いたらいい。形式だからね」
 周平は田辺の後はでたらめな名前を書いた。住所は西成のアパートの番地を書いた。西成という字を見た時だけ、周平の顔を見上げた。
「懐かしいな…」
 これもぼそぼそ独り言。
 それから急に立ち上がると、机の上の鍵を掴むようにとって廊下に出る。2階建てのモルタルのアパート。でも以外に細長い。一番奥まで来ると、鍵を開ける。
「蒲団はすぐに使える」
 窓に鉄格子が入っている。
「牢屋じゃないからね。ここは昔キャバレーの寮だったのさ。今はいわくのある・・・。トイレは共同だから。今のところ男はあんた一人だから・・・。鍵は、こいつを使っとくれ」
「支払いは?」
「済んでいる」
 周平一人部屋に残して出てゆく。周平はこの部屋の臭いから、久しぶりに叔母の臭いと同じものをかいだ。叔母との記憶は周平5歳の時から始まる。孤児院に入れられていたそうで、5歳の時急に叔母が現れて、周平を自分のアパートに連れて帰ったのである。
 どれほど部屋にいたのか、舅からの携帯だ。
「手続きは済んだか?」
 まるで隠しカメラでも見ていたような言葉だ。
「アパートの前に車が止まっている。君の写真は渡してあるから、その車に乗ってくれ」
 取締役の仕事運びは昔からこの調子だ。最後の最後まで手の内を見せない。












  

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バブル

 連絡はない。
 昨夜は、舅の取締役から呼び出されて、赤坂の料亭でベンチャー企業の取締役の小林という男を紹介された。今売出し中の会社ということだが、同じような仕事をしているということだった。だが、薄っぺらな男で自分から進んで、次々と梯子をしてゆく。舅は適当に周平に振ると、別行動をとる。ここ一番という手札は婿にも見せないようだ。
「身体の具合でも悪いの?」
 日曜日にソファーにもたれて腕を組んでいる周平に妻の映子が声をかける。
 確かに、映子が言うように休日はゴルフの予約で一杯だ。舅も昔ほどの元気はないようで、特別な先以外はゴルフの付き合いは周平に振ってきている。今日も実は予約が入っていたのだが、係長の加瀬に妻と食事に行くと言って、舅に内緒にすることで念を押して振った。
「いや別件で連絡が入る」
「珍しいからよ」
 何かもじもじしている。映子はテニスのラケットを弄くっている。どうも、ボーイフレンドとデートのようだ。
「こちらももすぐ出る」
 そこまで言うと、映子は用意していたショルダーを抱えて、もう玄関を飛び出している。こんな夫婦は異常なんだろうなと思う。でも、今までそれを不満とは思ってこなかったのも事実である。それが、今は隙間風が吹く。夫婦間に吹く冷たい風ではなく、何とも生臭い風なのである。
 新聞に目が留まる。
 あの小林のいるベンチャー会社の名前が出ている。経済面の小さな記事だ。でも、こういうところに周平の取引先のささやかな情報が載っている。水面下の動きはそっと載っている。ここからもっと深い情報を汲み取らないと、この世界では飯を食っていけない。舅の口癖だ。
 この会社は、どうも不動産バブルを読み取って、不動産子会社を建てあげているようである。積極的に進出かとある。M商事も最近大規模に土地を買い上げている。
 映子の車がガレージをけたたましく出てゆく。
 その時、携帯の音が鳴る。取締役からだ。ゴルフに出ていないのがばれたか。
「今から、池袋に出れるか?」
「いえはあ」
「M商事の名刺は出すな。名前も変えろ。あまりいい服は着て行くな。部屋を借りてもらう」
 ・・・こういう時は黙っている方が無難である。
「段取りは向こうがする」
といって電話番号を伝えて切れた。



 




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終電

今日も、周平は飽きずに電車の長椅子にかけて夢を追いかけている。お酒をひっかけるのは、出来るだけあの状態と同じに持っていこうとしているのである。大学を卒業してからの周平には、こういう生産性のない非合理なことに時間を割くという習慣は全くない。大学時代の自分ならと考えるのだが、昔の自分はすっかり捨てた筈だった。
 目を閉じているうちに、ラッシュアワーの時間は過ぎていて、酔っ払いの姿が目立ち始める。
 あの時は、9時を少し回っていたと思う。あの公団の理事は、決まって9時前にはお開きを宣言して、電車に乗る。9時15分の快速に乗る。だが、それから記憶がすっかりなくなって、あの店の記憶に繋がっている。
 昔にも、こういう記憶を失ったことがあっただろうか。西成時代は、確かに不思議な世界がいくつも周平の周りにあった。あの町はああいう街なのだと思っていた。自分の知らない店がたくさんあって、自分の知らない人たちがたくさんいた。まさに、叔母の存在そのものが不思議の国だったのだ。
「お客さん!車庫に入りますよ」
 車掌の声に追い出された。
「寝ていると、財布を擦られますよ」
 いくら環状線と言っても、車庫にいずれはいるんだな。
 ホームに同じように放り出されたサラリーマンがこちらを見て煙草を吸っている。
「もう、電車はないね。タクシーなら駅で拾える」
 酔っ払いの乗り過ごしの同類と見られたようだ。
「もう少しだったんだけどね。あんたついてるよ。もう一駅あったら、その財布はもらっていたね」
 平然と言う。
「駅前に飲むところある?」
「もう一度チャンスをくれるわけ。でも知り合いからは擦らないね」
 笑いながら、改札を出る。
 赤ちょうちんを潜る。常連のようである。終電が過ぎても閉まる雰囲気がない。どこか西成に似た臭いがする。
「君はこれが本業かい?」
「いや、何となくぶらぶらしている。サラリーマンから落っこちたやつというくちさ」
「スーツを着ているわけ?」
「これが安パイなんだ。逃げる時は不便だけどね」
 冷酒を乾杯する。
「おっちゃんは普通のサラリーマンやないね」
「おっちゃんはやめてくれよ。そんなに歳は違わないと思うけど?」
「まあね。でも俺たちと同じ臭いがするよ」
 その言葉を聞いて、今の取締役、舅を思い出した。彼も周平に同じことを言った。
「顔の広いところで、この辺りで変わったスナック知らないか?」
「サドマゾの?それともお釜?」
「いやそういう趣味はない。背の小さな女の子と、マントを着た鼻の大きな男がいる」
 ぼんやりコップを見つめている。
「刑事やないな」
 周平はM商事課長の名刺を出して、そこに携帯番号を書いた。
「いいところに勤めている」
「知っている?」
「書類審査で落とされたよ」
「長い髪の毛を真ん中で分けた団長という・・・」
「団長か、分かるが、電話を入れるよ」








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空を飛ぶ翼

「やめなさい!」
 ドアが開いて、黒い影が入ってくる。亀さんは跳ねるようにカウンターから姿を消している。
「カオル、さっさと食器を洗いなさい」
「はい」
 少女もおとなしい。周平はお金を払った観客のはずなのに、いたずらを見つけられたような気持になっている。この影の主には、人を威圧する不思議な力があるようだ。
「団長、今度の仕事は?」
 暗がりの中から、急に団長と呼ばれた女の顔が浮かび出す。髪は真ん中で分けていて長い。美人の部類に入るのだろうか、でも顔に表情がない。仮面をかぶっている感じだ。どうも、周平が眼中にないようだ。
「ケイ君は来てるの?」
「今日は顔を見ていない」
 マントの男が言う。
「明日来るように言って。急ぐから」
と言いながら、初めて周平を見つけたような顔をして、
「お客さん、もう店仕舞いよ」
「詐欺師なんですって」
 カオルが付け足す。
「酔っ払いでしょう?でもないと、こんな店には入らないわ」
「はあ」
「サラリーマンはこんな店とは縁がない方がいい。カオル、財布出して」
「ああ」
「この子はお財布を集める癖があるのよ」
 財布から千円を抜き出すと、
「帰るところは覚えているよね。もう終電も走っていないよ。カオル、向こう側の道路でタクシー捕まえてあげて。あのいつものグリーンのがいい。もう舞い戻ってきちゃだめよ」
 カオルがいつの間ににかドアのところに立っている。機械の擦れるような音がして、ドアの光が消えた。カオルという少女はやはり背が低い。周平の肩の高さにつむじが見える。
「詐欺師のおっちゃん!」
 声をかけてくれるが、足が速くて追いつけない。何度も路地を曲がって、いつも先で手を振る。これはもう一度迷子になったら、二度と家には帰れない、そういう恐怖感が襲ってくる。
「もう少しゆっくり!」
「詐欺師のおっちゃんは本当は空を飛べるんでしょ?」
「いつもはね。あの背広の上着に羽が入っていたんだけど、失なちゃったからね」
「そうかあ」
「今度来たときに、乗せてあげるよ」





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舞踏会

目が店の暗さに慣れてきたのか、前にいる少女の顔が見えた。まだ中学生くらいにしか見えない。
「金はある」
 財布を開いて中身を見せる。
「見せ金やないやろな」
 あっという間に財布が抜き取られる。
「聖徳太子がずらり5人ならんどる」
「戦利品!」
「だめよ。これは私が預かるわ」
 あっという間に、財布が彼女の手の中に。周平は手品を見ているように、少女の手の中の財布を見ている。
「板垣君はいるかな?」
 後ろから声がかかる。
「留守みたい。伊藤さんは在宅よ」
「伊藤君だけで、今日の舞踏会は参加できる」
「まだ 水割りは飲める?」
 夢を見ているのだろうか。
「では始めるとするか」
 うなぎの寝床のような狭いスペースに、マント姿の年寄りが立っている。声の張りに似つかわしくない。古めかしい音楽が聞こえてくる。この曲は確かに叔母の部屋で何度も聞いたことのある曲である。やはり!夢を見ている。男の顔が急に周平の前に迫る。鼻だけが異常に大きい。顔の半分は顔なのである。顔もまた大きい。六頭身、いや五頭身だ。マントはよく見ると薄汚れたカーテン?ランニングにパンツといういでたちなのである。
 少女は素早くカウンターのグラスを下げる。どうも舞踏会の何たるかを知っているようである。周平も慌てて、グラスを手元に運ぶ。いつの間にか、カウンターに花柄のパンツに半裸の青年が、1本の花を持って座り込んでいる。マントの老人が難解な詩を朗読する。
「これは昔々の話です」
 青年は口をパクパクしているだけで、少女が話している。周平はぼんやりと少女の目を見ている。これはどうしても少女の目ではない。恋の苦しみもすべて飲み込んだ瞳である。その黒玉が、話をしながら笑う時にくるくると回転するのだ。すでに 少女の言う舞踏会の幕は落とされたようである。暗がりのカウンターに人の顔か何人も浮かんでいる。
 どれほどの時間がたったのか、青年は花柄のパンツまでも脱ぎ去って、カウンターに仰向けに倒れたまま、まことに無様に足をばたつかせている。少女はまるで風景を見る目で、青年の亀さんの上に帽子をかぶせる。その帽子が生き物のように動き出す。青年は、それに合わせるように指先や足先まで巧みに動かす。鼻の男も負けていない。像のように耳たぶをひらひら動かすのである。これは少女の言葉の糸に操られているようだ。











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落とし穴

「もうそのくらいにしときなはれ」
 屋台の親父の声が、耳の中で駆け回っている。
 周平は押されるように、山手線の電車に押し込められている。中国人の観光客の声が耳を突き刺す。車窓からはM商事のガラス張りのビルが見えている。周平はここ数日、同じことを繰り返している。環状線をぐるぐる回っているのである。何かが見えてくるはずだ。あの日の記憶!
 あの日は、ある公団の理事の接待で、銀座の料亭に取締役と並んで出席した。この人は変わった人で、車が嫌いで帰りはいつも電車に乗る。取締役は、他の理事と2軒目に向かうが、この人はここでいつも帰る。でも、この公団では古くから地盤を持っているので、周平が道ずれになる。
「こんなあほな奴らが、日本を動かしとる」
 そういうこの人は嫌いではない。昔は学生運動の活動家で旗を振っていたと思いだしながら言う。
 品川で一緒に降りて見送りをする。それから確かに、走ってきた電車に乗り込んだ。その日は、ビールを挨拶しながら2本ほど飲んだだろう。それからホステスに勧められて、水割りを3杯くらい空けたくらいである。その程度の接待商談で酔うことはない。ここで記憶が一旦切れてしまっている。
「ネクタイどうしたの?」
 その声にハッとして目が覚めた。周平は首元に手をやったが、確かにネクタイがない。スーツの上着も着ていない。慌てて、ズボンのポケットに手をやる。財布は残っている。
「酒乱かいな?」
 後ろから声がかかる。
「追剥にあったの?」
 カウンターの中から少女の声がする。
「いや こいつは詐欺師や!」
「たとえば、街に徘徊するメンフィスト、おい魂を売らんかや」
 やたらと周りが騒がしい。
「お店を間違えたのかした?」
「いあ間違えない詐欺師やぞ。詐欺師らしかぬ風貌、だから詐欺師になれる」

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1枚の写真

 どれほど長く公園のベンチに腰かけていたのか、日が傾いてきている。60歳前後のサラリーマンがぽつぽつとベンチを占領していて永延と新聞を見つめている。彼らは公園に毎日出勤してきているという話を聞いたことがある。飲み屋に集まるその年代の人とは違う人種らしく、決して交わろうとはせずに自分の指定席に整然とかけている。
「ああ、松宮さん、これから取引先と打ち合わせなんで、・・・」
「はいはい、直帰なんですね」
 一番年嵩の彼女は、すべてを飲み込んでいるとばかりに、浮つくような返事を繰り返す。
 周平は公園を抜けだすと、最近から常連になり始めている東京では珍しい屋台を覗く。
「若いうちからうちの常連は寂しいね」
 それでも笑いながら、冷酒を注いでくれる。
 周平はこういううところに腰かけると、妙に懐かしく心が落ち着くのである。
 周平は大阪の西成の生れである。両親の記憶がない。物事の知恵がついた頃から、周平はちょっと美人な叔母に育てられている。戸籍上は叔母は母親である。でも、確信を持ってお互いに血がつながっているとは信じない。叔母は、若い頃から売春を生業として生きている。だから、商売するときは時間を区切って部屋を追い出される。だが嫌いではない。無関心な関係が二人にはよく似合っていたのだろう。
「あんたは商才があるわ」
といつも口癖のように叔母は言った。
 確かに、小金をせっせとためて、大学を卒業もした。そして異常なほど周到な就職活動をした。
 決定的に、叔母と別れたのは、東京のこの会社に入社が決まった時である。
「東京に行く」
「もう帰ってくるな」
 それが二人の会話だった。この挨拶が二人には似合っていると、周平は今も思っている。周平は、1枚の写真を鞄の奥底に潜ませると、昔、商売の間に出て行った時のように、振り返らず部屋を出て行った。この写真は、いまだ誰にも見せたことがない。叔母が20歳の時に演芸場に上がった時のブロマイドなのである。叔母はこの頃の写真をよく客に見せる。なぜか周平はこの時そっと1枚を盗んだのである。
 あれから西成には戻っていない。







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金縛り

 まだ外は3時で、眩しいくらいの太陽が差し込んでくる。秘書課の女子社員が、重役を送り出して笑顔を戻して玄関に戻ってくる。周平を見つけたのか、再び営業スマイルになって駆け寄ってくる。
「ご結婚になってから、ご無沙汰ですね」
 数か月前まで、何度か関係のあった仲である。
 周平は軽く頭を下げて、M商事のガラス張りの10階建てのビルを眩しそうに見上げる。垢抜けていてまた他人のような顔に戻って、立ち去ってゆく。彼女には今の舅を紹介してもらった恩もある。でも舅の女の一人でもある。会社といっても裏から見ると全く違う地図で構成されている。そんなことも彼女から教わった。
「東京にもスモッグのない日があるんだな」
 いつものように歩き出している。とくに今日はしなければならない仕事も約束もない。ただあの部屋から出たかったのである。あの封筒も、朝、取締役から渡すように頼まれたものである。中身は、数字が並んでいるだけである。もちろん周平にはこの数字の意味が分かっている。加瀬係長はそういう数字を運んでいながら、何も分かっていなかったのである。まるで自分が飲み歩くことで仕事を果たしていると誤解していたのだ。
 周平は故意にビル街から路地に入った。
 どこか自分の中の歯車が狂い始めている。ここ数日、神経が異常に高ぶっているのである。今日の仕事を係長に振ったのは、やはり拙かったのだろうと思い出している。係長が渡された封筒の意味合いを知る力があれば、彼は課長の階段を上る道が開けてゆくのだ。まあ 心配はなかろうと今の不安な気持ちを追いやるように頷く。
 今朝、周平はうなされて、女房の映子に揺り起こされた。周平は襲われたようにたじろいで、ベットから転げ落ちた。だが落ちたのはいいが、金縛りにあって起き上がれないのだ。初めは周平を起こそうとしていた映子だったが、固まって目を剥いた周平を投げ出して、近寄ろうとしない。周平は気を失ったわけでないから、その風景を見ている。映子は瞬間的に携帯をつかんで金切声をあげている。
「どうしよう!」
 父親にかけたのだろうか。金縛りは解けない。
「あんた来てよ!」
 どうも今でも続いているボーイフレンドのようである。この件は、舅から写真を見せられて説明も受けていて、その他に何人かそういうボーイフレンドがいるようである。この関係を知らずにするのが、この結婚の条件であったわけである。舅は、映子のこのことを病気と言っている。
 なぜ周平は舅の提案にその時乗ったのだろうか、そこには今書きつくせない闇がある。

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日常

「課長変なんじゃないか?」
 窓際に座っている年嵩の社員が、いつもの挨拶のようにみんなに問いかける。
 周平は先月からリーダー格のマネージャーから、突然新規プロジェクトチームの課長に昇進した。これは舅の取締役の肝煎り課で、今まで数人でしていた室が拡大したのである。社内では何をしているかわからない不思議な存在のようである。
「エリートのすることは分からんね」
 一番年上の35歳になる係長が相槌を打つ。彼が今までは出世頭の室長だったのである。彼自身、今回の人事については大いに不満がある。それで古い社員を巻き込んで、課の反対派の中心みたいになっている。でも今回の課の人員構成からは野党ぐらいの力しかない。それに彼自身この課の存在意味が見えないでいた。常に取締役から一方的に仕事が降りてきて、何のためにするのかということもわからず、こなしてきたにすぎない。会社の中には、こういう一般の社員が何をしているのか関心も持たない部署があるもののようである。時々話題になるとは、そうした部署の人間がある日表舞台に出世して登場するからである。
「加瀬君。今日は君が例の夜の席に出てくれないか?」
 今の周平はすっかり課長の口調に慣れきっている。周平は30歳になるのに、あと数か月ある。周平は、部下の反応にはお構いなしに、背の高いこの会社好みの高そうな課長椅子にもたれて、棺桶とあだ名のある鍵付きの書類箱を開けて、ファイルを取り出してきては、しかめっ面をしてみせる。
「はあ」
 とテンポを外した係長の声がする。
「今日はS工業の専務が来る。顔は分かっているね?この封筒を渡してくれたらいい」
「二次会は?」
「どちらでも。まあ 下のつながりも必要だから、領収書をもらってくれ」
 周平は、ファイルを何冊か取り出すと、返事を待たずにもうドアをでてゆく。





 

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種の出現

 卒業してから周平とは全く交渉がない。5年後、たまたま偶然に大阪に出張した時に、ふと周平を思い出して携帯をかけると、その夜に東京から大阪に来るということで再会した。さしたる時間がないので、現況の報告をビールを飲みながらした。もらった名刺には東京本社の商事会社。肩書に営業マネージャーとあり、
「来月にはこの名刺が変わるんだ」
と、結婚の話をした。
「どういうわけか、娘婿になることになったんだ。うちの会社の取締役の一人娘をもらうことになった。それですでに鈴木周平の名刺は出来上がってるんだ」
そう言いながらもう1枚の名刺もくれた。どうも玉の輿に乗ったそんな風にその時の私は受け取った。
 ここで自分ことを書くのは恥じるが、私は大学を卒業はしたが、学生運動がたたって1年ほどアルバイト生活に明け暮れていて、ようやく大学の紹介で京都の小さな印刷会社の見習い経理に採用された。そのうちに月並みに恋もして、同じ職場の経理担当の先輩節子と結ばれることになった。近くの文化住宅に住まいしながら、同時に続けていた同人雑誌もやめて、女の子を持つ平凡極まらないパッとしない父親になってしまっていた。でも 本人はそれほど不満でもない。
 本当によくあるちょっぴり現実から離れた大学時代のノスタルジーに酔いしれて、軽い相槌をしながら、周平の物語を書き記す約束を安易にしてしまったのである。それから 周平の大学ノートが何冊も送られてきた。2冊目までは、無造作に机の引き出しに投げ入れられていたが、いつも間にか、自分が周平の分身になっていく恐ろしさに夢追見るようになっていた。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

松七五三聖子

あの頃は、学園紛争が正に大学で百花争鳴の時代で、何が正しいのかよく分からない時代であった。ノンポリであった私と周平は、散々追いつめられて、肌を寄せ合うこととなった。常に、二人はどこかのセクトから勧誘を受け続け、逃げる口実を探しては、友達の中を逃げ回っていた。でも、二人が完全に逃げ切れなかったのは、二人なりの本能だったように思う。
 その集団の中に、松七五三聖子というリーダー格の女がいたからである。変わった名前だったから、私は読み方を尋ねたように思う。
「マツシメ」と区切って発音した。無感動なカラカラした声だったが、いつもそうして説明していたのだろうと思う。周平は、彼らしくノートに黙って名前を書き込んでいたが、私は、心の中に画像として彼女の表情を取り込んだ。決して美人の部類ではない。可愛いのでもない。今目を閉じても、輪郭もおぼつかない。眼の光だけが強く印象に残っている。これが魔女と呼ぶに相応しいのか、確かにこの時まで生きてきて、初めて会った人種だった。

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

ある男

常識とか、日常というものは、少なからず人間が作ったものである。これによって人は一応の物差しや安全弁として生きて行けているようである。これを疑ってしまうと、その日から25時間というとんでもない空間に投げ出されてしまう。革命というのは、これは急激な物差しの作り変えである。作り変えには多大な犠牲が伴う。教育は時間をかける修正である。法律は名文化である。適応することが一番無難な行為である。
 私がこんなことを書き始めたのは、私の物語を書くにあたっての前書きではなく、私の友人である、ある男の奇妙な事件ーこれを一言で事件と呼ぶのがいいのか、読者の判断にゆだねたいーを書くにあったっての私なりの導入部分とみていただければよいかと思う。
 私の友人であるある男、鈴木周平という。大学時代は田辺周平と言っていたから、たぶん私の記憶では養子に行ったように思う。
 周平は、非常に勤勉な男で、その頃の不良の真似事をしていた私とは違って、同じゼミにいても最初の頃はほとんど口を利かない関係だった。ゼミが終わると、周平は図書館に直行する。それがどういう因果か、自治会委員に二人して選ばれてしまったのである。私の場合は同人誌仲間の予算取りで担がれた不純な動機だったが、これは後から漏れ聞いた話だが、周平は自治会に掛け合って手を挙げたようだった。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

夢の種

 酒をかなり飲んだ人なら、こんな記憶があるかもしれない。
 ぐてんぐてん酔うと、人間は、ある程度個人差はあるが、どうも本能が優先されるようである。日頃心の奥底で眠ってしまっていることが無意識に口についてきたり、暴力的になったり、性欲が爆発したりする。それが本来の自分なのかよく分からない。そして記憶が混濁しているうちに、我が家にたどり着いて目を覚ますのである。
 ある時から こんな不思議な記憶に取りつかれてしまったのである。私の家は大阪にあるのだが、大阪にも東京の山手線のように、円を描いて走っている鉄道がある。その大阪環状線の駅の一つの京橋という駅で降りて、私鉄に乗り換えて20分というところにある。
 ある日、いつものように酒を飲んで、天王寺の駅で同僚に手をあげて列車に乗り込んだ、その記憶はあるののだが、そこからの記憶が全く飛んでしまっている。大阪環状線も内回りと外回りがあって、どうもどちらに乗ったのかも怪しくなっている。無限の円周運動を続けているような錯覚がある。
 ひょっとしたら私のほかにも、こうした不思議な記憶をした人も多いかもしれない。端々の途切れ途切れの記憶では、目が覚めて慌ててホームに降りているのである。それは時として玉造であったり、大正であったりするが、自分がどちら回りに乗っているのかが判断できず、延々と京橋にたどり着くことがない。半ば諦めに似た気持ちで列車のソファーの虜になる。ピリオドがない円周運動ほど恐ろしいものはない。もし、一日が25時間あるとしたら、私は永遠に環状線を回る人生を送るかもしれない。これは漠然としているが、いずれその時間の谷間に陥るのではないかという、恐怖心が心の片隅にしっかりと根を下ろしたように思うのである。
 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

物語の余白4-4

出会う19
長らく拝読有難うございました。ようやく眠っていた2作目にかかりました。
この作品は未完で終わっていましたが今回は完結させたいと思って書き始めました。それがまたもや長編になりそうです。

『空白』


文字色2作目が終わらないうちに始めて短編(?)の書下ろしを始めました。
http://yumebito86862.blog.fc2.com/  『ぽろんの女』よろしく。


文字色3作目『刺青』を書き始めました。これは青春の苦い思い出です。

文字色初歴史小説『復讐の芽 ***藤林長門守***』を書下ろし始めました。これは夢の中で育ちました。

文字色『夢追い旅』『空白』に繋がる『迷い道』を書き始めました。

文字色歴史小説『復讐の芽(続) ***アユタヤ***』の創作にかかりました。夢はどんどん膨らんでいきます。

今までとは別の世界の小説を書きはじめました。ファンタジー『橙の電車』を是非読んでください。

『橙の電車』を書き始めた時に並行して『ふたり』とこれも今までの世界とは違った私の夢の中に深くにあるものを書きました。文字色





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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

物語の余白4-3

「亡くなる前に旗手社長とは会ったのか?」
「ああ、その時ミーも呼ばれて一緒に新橋の昔のビルの社長室でビールを飲んだよ。少し体調が悪いようだった。ミーとは時々恋人として会っていたようだが、ここ10年抱かれたことがないと言っていた」
「さぞ悔しかっただろうな?」
「いや、清々したと言った。でも楽しい人生だったと」
「彼ならまさに時代の寵児に成れたと思うな。いくらか旗手社長を書いたものを読んだがあそこには彼はいなかった。彼は君とともに生きてきた」
「でもこの事件の核心は墓場まで持っていくと言い切ったよ。結局総理の名前は出なかった。二人の間にどんな取り決めがあったかも知らないままだ」
 昔ながらのカウンターにカオルが入って小瓶のビールを差し替ええる。
 向こう側から話しながら藤尾とミーが私と周平を挟むように座る。ミーは40歳を超えたように思うが、小説でしか会ったことがないが思い描いたように妖艶だ。
「あなたの小説読んだけど、どうして私と周平のセックスシーンを書かないの?一度私と寝てみる?」
「相変わらずだな」
 周平が助け舟を出してくれる。
「それは抱かれるべきだ。女ではない凄い人間セックスができるぜ。これ以上精液が出ないと言う限界まで行くな。男と女。父と娘。そういう垣根が見えなくなるさ」
 藤尾が間の手を入れる。
「私は周平の方がいい」
 カオルが松七五三聖子に乗り移ったように一瞬見えた。すでにカオルは周平の体を知っている。直観に肌が感じ取った。彼らは別世界に生き続けている。こんな人間を小説にまだ書けるだろうか。
「カオルは母カオルの子でもなく、団長の子でもない。もちろん周平の子でもない。あの揺り籠に神が産み落とした」
 老いた目玉さんの朗々とした声が響く。
「そう。私の体が性器なのよ」
 まだ『アンの青春』の舞台が続いているようだ。












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物語の余白4-2

 周平が『アンの青春』の夜の部に案内してくれた。これが最後の作品だと言う。でも物語で言うと一番最初の部分だと説明してくれた。これはわざわざ松七五三聖子こと団長が新世界のアンの勤めていた寿司屋で取材したことで物語の柱ができている。これは周平の小説の中にも出て来ない隠れた部分だ。アンが寿司屋で見習いの流れの若い職人と恋に落ちて、街を出て行って流離い周平を抱いて再び街に戻るまでを台本にしている。
 二人に子供が産まれて、この流れの男、周平の父は子供を抱えたアンと赤ちゃんを残して再び駆け落ちをしてしまう。アンは漁港の町でついには貨物列車に飛び込もうとして線路に立つ。アンの配役の女性の顔が私の夢見たアンとあまりにも生き写しだ。いつの間にか物語の中に引き込まれていく。
「どうぞ」
 先ほどのユキに声をかけられて我に返る。舞台裏に続く扉の中に入る。
「退屈しなかったか?」
 声をかけた周平の横には白髪の初老の男が座っている。
「このビルのオーナーの藤尾さんだ」
 もう私の中でも彼らはしっかり生き続けている。後ろに抱きついているのが主役のアンだ。
「俺の娘のカオルだ。22歳になったのにこの通りだ」
「娘じゃないよ。内妻なんだから。ユキちゃんも認めているから」
「誰の血を引いたのか」
 周平が笑っている。
 やはり長い時が過ぎたのだ。
「今日はホワイトドームは10時からは貸し切りだ。付き合えよ。ところで今どうしているんだ?」
「ああ、あのまま一人暮らしだ。でもお前のノートがきっかけでまた書き始めて、ようやく何冊か本も出せるようになり飯も食いぱぐれていない。通天閣が窓から見える部屋に住んでいる」
「それはいい。話したいことがある。その小説の続編が書けるほどある」


















テーマ : ミステリ
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物語の余白 4-1

 想像していたホワイトドームではないと私は扉をゆっくり押した。最後のノートを周平から渡された日から、25年という長い年月が流れている。
 広いフロアーの片隅に時代物のカウンターが残されている。これが昔のホワイトドームのカウンターだと知れる強烈な臭いがする。一番端に座っているのが頭の禿げあがったがフランケンそのもので、背中が曲がっているがその横は目玉さん。後は若い男女が電線の雀のように並んでいる。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの中から松七五三聖子でもない、カオルでもない熟女が声をかけてきてカウンタの一番奥の席の隣のに案内する。黙って小瓶のビールを2本栓を抜いて並べる。
「白髪の紳士だな」
「そちらはますますニヒルなやくざ顔になったな」
 周平は旨そうにビールを飲む。
「どうしてこの時期に出てきた?」
「旗手社長が6か月前に亡くなった。それで用意していた原稿を出版社に回した。題はそちらの副題の『夢追い旅』をそのまま使った」
 と言って2冊に分冊された本をカウンターに並べる。表紙はあの時周平が置いていった3人の並んだスナップ写真をイラストにしている。
 周平は立ち上がると、壁から額に入った写真をテーブルに置く。
「左端に写っているのが松七五三聖子だ。5年前に亡くなった。これで自宅の居間には母とカオルと団長の写真が並んでいる。団長は最後まで松七五三聖子に戻ることはなかった」
 それから壁の本棚から5冊の『アンの青春』の台本を置く。
「今もこの5冊がこの劇場で繰り返し上演されている。団長が亡くなる3年前から俳優を降りて、彼女の代わりに監督をしている」
「舞台前に食事出すよ」
 カウンターの中から先ほどの彼女が定食のプレートを並べる。
「7年前から事実婚をするように団長に言われた。そろそろ籍を入れるつもりだ。彼女がカオルの子守をしてくれていたユキだ。今も舞台に立っている俳優だ」
 ユキ、私の中にも彼らがすでに確かに息づいている。
「今夜は泊まれよ。話したいことがいっぱいある」























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物語の余白3

 高瀬川の細い道を下る。私は気持ちが重くなってくると、昔から変わらないひっそりとしたこの音楽喫茶に来る。そうして知らん顔をしているマスターを横目に、半日もビールの小瓶がぬるくなるのも構わず座っている。大学時代そうして3人で思い思いの夢を語っていた。それぞれが勝手に語り、誰もがその世界に足を踏み入れなかった。
 いつもの席に卒業してから5センチは伸びただろう周平がすでに小瓶の2本目を飲んでいる。
「鋭い目になったな」
「お前は白髪が増えた。読んでくれたか?」
「ああ、久しぶりに昔に戻った。松七五三聖子は元気かい?」
「家を出る前に撮った」
 周平はブレザーの内ポケットから1枚の写真を取り出した。
「これが松七五三聖子か?別人だ。昔よりずっと美人になっている」
「俺は昔の彼女の顔を思い出せなくなっている」
 私は持ってきた3人で撮った写真を出そうとして思いとどまった。
「隣にいる子がカオルだな。自分の子ではないと書いていたが?奇妙な家族だな」
「そこに集まってきただから家族だ」
「俺は離婚を承諾することに決めた。同じ血が流れているのに家族ではなくなっている。こんな時に話す話じゃないが、最初に彼女を抱いたのは俺だ」
「知っている。起きていた。長い2時間だったよ。でも俺は母とそうして育ってきた」
「悪趣味だな」
「そうだ。俺の性はひねくれている」
 と言って周平は鞄から最後のノートを取り出した。
「最初に松七五三聖子を抱いて、最後にまた抱いたお前にこの小説を託したい。俺は何度もお前が彼女を抱いているのを一人廊下で聞いていた。やはり彼女はお前を選んだと思ってね」
「それは違うな。彼女はお前の中に別の女が住んでいると言っていた」
「うんそうかもな。お前が小説を書き上げた頃また会いに来る」
 一陣の風のように周平が扉に消えて行った。





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物語の余白2

 長い10日が夢遊病のごとく過ぎた。あの河原町のスナックに1度も飲みに行かず、印刷町工場を後にすると一人ぽっちの部屋に帰ってきて、びっしり万年筆で書き込まれた几帳面な彼らしい文字を追いかける。その間だけ周平の昔の友人で入れた。
 お前は約束していたように大会社のエリートになったじゃないか。なのにどうして女房と別れた。どうしてもありえない偶然に引き寄せられて松七五三聖子、いや団長と出会ってしまったのか。それほど東京と言うのは不思議な街なのか。そういうしがない私は京都の町工場に勤めて、町工場で知り合った節子と恋をして、仲間に祝福されて平凡な結婚生活に足を踏み入れた。そのうちにあれほど小説家になりたいと思っていた夢が色あせてしまい、ノートも開くことがなくなった。
 節子はあまりにも現実的な存在だった。マイホームを手に入れたいと自分も再びパートで印刷工場に舞い戻り、私の私生活はすべて彼女の手の中に入ってしまった。もうどんな夢も見れない。それでしがない経理の私は社長に内緒で経費を月に5万10万とくすねるようになっていた。ばれない分だけ私は自分から地獄に落ちて行った。周平のいた世界とここは別世界だ。
 同じような大学生活を送った人間がそれほど違った人生を歩くのだ。
 毎夜夢の中で松七五三聖子と会った。彼女は昔のままだ。彼女も小説を書く。その縁で3人は親しくなったのだ。初めて彼女を抱いたのも私だ。大学2回生の夏だ。彼女の下宿で酒を飲みながら彼が好きだと言う通天閣の街を描いた小説の話をしていた。実は松七五三聖子も私も密かな愛読者だったのだ。
「なぜ二人は別れたのだろう?」
「それは子供を下したからじゃ?」
と言う聖子に周平は、
「この小説に書かれていない話があると思う」
と言って酔いつぶれて眠ってしまった。
 その横で始めて私は松七五三聖子を抱いたのだ。
 この10日間は恐ろしく長く短い時間だった。



















テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

物語の余白1

 怪しげな手紙を3日間も炬燵の上に放置したまま、毎夜河原町のスナックに通い詰めて酔いどれている。女房の節子とは去年愛想をつかれて離婚した。いや離婚調停中だ。一人娘の親権と養育費で揉めている。この離婚も出会いがしらの交通事故のようなものだと私は思っている。原因は酔いつぶれているスナックのママだ。この店に通って半年でママとベットを共にするようになった。
 ママと結ばれようとして節子との離婚を決意したが、なんとママには頼りない亭主がいて彼女はその亭主を愛していた。でも時々我慢ならなくなって浮気をする。数あるその中の一人だった。でも未練たらしく夜になったら印刷町工場からそのスナックに足が向いてしまう。
 それで4日目にして初めてその手紙の封を切った。
 田辺周平、そうだ私に勝手にこの5年間ノートを送り続けてきた男だ。1冊目は数ページ目を通したが、2冊目からは学生時代のアルバムと一緒に段ボール箱に投げ込んでいる。俺は大学時代という小説の中にいたのだ。小説の幕は閉まって女房と子供を食わすだけで精一杯の情けない男。
「僕は今松七五三聖子と暮らしている」
 その言葉で小説の世界に引き戻される。松七五三聖子という名を思い出した。周平と彼女の取り合いをしていた。私は慌てて段ボールの中を酔った目で舐めまわす。学生時代のアルバムは1冊きりしかない。それも数枚の写真しか張られていない。あの頃は小説家になる夢ばかり見ていて、過去を残すという気がなかった。ゼミで撮った写真と下宿の屋根の上で撮った写真、この間で足を投げ出している女性が松七五三聖子だ。
 周平も私もその頃はお互いに内緒にしていたことがある。今日は用事だと互いに言い訳がましく言った日は実は松七五三聖子の部屋の布団の中にいた。お互いにだ。互いに彼女の部屋の前の廊下まで来て微かな獣のうめき声を聞いて失望のどん底に落ち込んで長い道を歩いて帰った。
 お前はまた青春の小説の中に戻ってしまったのか。でも松七五三聖子が国外を出る最後の日、彼女は同朋にすべく私を部屋に呼び出した。だが私は抱き終わった後その誘いを断った。
「周平も誘ったのか?」
「誘っていない。彼には私より愛している人がいると思う」
 この話も最後まで打ち明けずに大学を卒業した。手紙の最後に、
「松七五三聖子は顔も記憶も失っている。だが君には二人の結婚を伝えたい。会いに行く」
 と半ば強制的に書かれていた。
 どうしたことか、ダメ人間に成り下がっていた男が10日の猶予を残して会う場所を指定した手紙を書いた。電話では伝わらないそんな気がした。会う前に周平のノートをすべて読んでおくのだ。妙な決意だ。

















 












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手仕舞い

 思い切って周平は7年ぶりに大学の友人にして松七五三聖子の恋のライバルだった彼の電話番号をプッシュしてみた。これは数か月前から考えてきたことだった。団長、いや松七五三聖子と結ばれることを報告できる唯一の人間だ。そしてこのノートの最後の1冊を手渡しする。これであの日の夢の種の住民になりきれるかもしれないと思う。だがその携帯番号はすでに使われなくなっていた。それでやも得ずノートの配送先に手紙を書いておいた。
「珍しく手紙何か書いて」
 今夜は『アンの青春2』の初舞台だ。周平も何とかセリフを覚えて初舞台を踏む。
「いや彼に会おうと思ってね」
「吃驚するんじゃない?」
「いや、あのノートを読んでいたらそうも驚くことはない。団長も一緒に会うかい?」
「いえ、やめとくわ。松七五三聖子は消えてなくなったのだから」
 淡い青春の思い出として彼の中に残るか。そう思いながら周平は松七五三聖子に会うためにその夢の中に飛び込んでいったのは自分なのだと思う。
 ホワイトドームの扉があいてフランケン達が入ってくる。隣地の取り壊しと劇場の建設が始まっていて、フランケン達が日雇いで雇われている事業主は藤尾の会社だ。藤尾は古い文化住宅の柱を残して劇場を建て増しとして登記するようだ。藤尾は最近はバブルで崩れそうな会社の物件を主に扱うようになっている。藤尾が後ろからヘルメットを被って入ってくる。
「まるで現場監督やな」
「現場監督や。ビール抜いてくれよマスター」
 一列に並んで止まり木にとまっている。
「新橋のビルは?」
「今日解体にかかっているわ」
「書類は?」
「すでにこちらの文化の空き部屋には込んだよ。やはりあの場所はいつまでも安全ではなくなっている。何もかも一度すっかり手仕舞いやな」
「なかったことにするのか」














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夢に乗る

 ファイナンス会社の処理も密かに終えた。重なるようにバブルの崩壊の音が増々大きくなっている。旗手社長のベンチャー事件も紙面から消えて、今は銀行の統廃合が一面を賑わせている。そんな中、これも密かに総理が入れ替わった。待っていたように私設秘書が一党員になった元総理の第1秘書に返り咲いた。彼の編集局は今や経済研究所となり、周平が編集局長に収まっている。だがもう周平の出番はなさそうである。
 団長の『アンの青春』はバブルに逆行するように着実に売れている。それとアングラと称する劇団に巻き込まれるように団長の舞台にも火がついている。
 そんな時に藤尾が久しぶりにホワイトドームを訪ねてきた。
「珍しいね?」
「もうマスターになりきったか?」
「マスターなんかじゃないわ。ただの止まり木の鳥」
 これから舞台に行く団長がビールの小瓶を2つ抜く。
「この並びのアパートを地上げしているところが泣きついてきた。それでしばらくこちらの会社で抱いてみようかと思っている。だがホワイトドームを上げるというプランは難問だ。だがいずれこの周辺は都心に近い絶好の土地としてマンションが立ち並ぶと思う」
「だが相当な時間がかかるな」
「それで相談だ。この隣地で劇場をやらないか?その間にすべてを上げてしまう」
「考えてもいい?」
 真顔で団長が答える。
「新橋のビルも赤坂の残地も処分しようと思っている。ここの空いたビルに引っ越ししようかと思っている。あのあたりも今は国税が調査を始めた」
「劇場を作る?」
「一度夢をかなえてみたい」
 カオルも言葉をしゃべれるようになった。団長は伯母ではなくママと呼ばせている。周平はパパだ。だがいずれ仏壇に並んでいるアンとカオルの写真の説明しなければならない時期が来ることを知っている。そのためにも周平は団長の夢に載ってみたいと思う。







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バブル崩壊とともに

 若い新社長と元大阪支社長の不動産会社の社長の反対があったが、予想通りM銀行頭取の仲介で総理の選んだ不動産会社の合併となり上場取り消しの噂も吹き飛ばされてしまった。総理はこれで院政を引く資金ができたらしく禅譲の話が飛び交う。M銀行頭取は内諾通りS銀行をサブバンクにし経営陣の入れ替えを要求、会長、社長ともに退任とし、初の女性社長を誕生させた。
 この頃からバブルの崩壊が始まる。
「ご無沙汰してます」
 元副社長の時には何度か旗手社長同席で話し合ったことがある。
「やはり」
「いや今はしがない文屋です」
 隣に常務の総務部長が掛けている。ここは旗手社長の社長室だ。会長も前社長もこの部屋には入らなかった。
「取り巻きの連中もすべて中心から外しました。まだ元気の残っている飛ばされていた役員や部長を戻しています。今回の不動産部門の消却で本社の負債は0になります。再建計画は当初15年とも言われていましたが、8年で完了します」
「問題のファイナンス会社は?」
 社長はさすがに負債を袋詰めにしている会社のことを忘れていません。
「それも総理が見合い相手をすでに用意しています。こちらは不動産会社のように鮮やかに行いません。あれっという感じで消えてゆきます」
「あなたは表に出ないのですか?」
「裏があってるようです。これからは旗手社長を知らない人たちの時代が来ます。そういう意味で繋ぎとしては難しい時代です。大きな負債とともに大切な風土も失いました。次は何を頼りに会社を立ち上げてゆくかが課題ですね」
「それは分かっているわ。でもまた呼んだ時に来てよね?」
 周平は深く頭を下げて裏扉から消えてゆく。
 新しい時代が来たのだ。









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ホワイトドームの一日

 『アンの青春』が本になると言う。これについては団長、ケイ君、周平の意見が食い違い調整に時間がかかった。団長は自分が表に出れない人間だからと下がる。それでケイ君をダミーで押そうとする。周平は母のことを団長に書きてもらいたいと下がらない。結局2対1で団長の松七五三を取って松七五三カオルとした。
 本の出版に続いて劇場もテントから広い劇場に代わったが、きわどいシーンをたくさんカットされて団長はむくれ気味だ。それにやはり大きな場所になると出場者も他の劇団から借りざる得ないことも増えた。だが依然として団長とヒロシ役の少女が人気を博している。団長は密かに2作目にかかっている。2作目には同棲して結婚まで考えた物書きが出てくる。ケイ君の調べでは彼は文壇の売れっ子になっているようだ。
 周平は最後のノートにを恋敵の友達に送ろうと考えている。それで最近はほとんど新橋のビルにもいかないで、歩き始めたカオルと公園に出かけたり、ホワイトドームの定位置で思い出したようにぽつぽつとノートに書きこんでいる。
「お前はこのノートを段ボールの中に投げ込んではいないだろうな」
といつも同じ言葉をかけてはノートを閉じている。
「寝てしまった?」
 舞台から帰ってきた団長の声で目を覚ます。ホワイトドームのカウンターには劇に出れない常連が一列に並んで飲んでいる。最近とみに色っぽくなったユキがカウンターの中にいる。彼女が時々ワンピースの胸を広げってつんととがってきた乳首を見せる。そして「わたしも舞台に出たい!」という。
「いや、このノートも最後にしようと思ってね」
「それより今度舞台に出ない?」
「2作目ができた?」
「テントで2作目をと話をつけてきたのよ」
「ユキはヒロシの恋人で初出演。カオルは楽屋に連れて行く」
 ユキは飛び上がって喜ぶ。ユキはヒロシ役の少女に嫉妬していたのだ。
「周平はアンの恋人の物書きよ。できたらトーキのような無声映画の小説に言葉をぶつけてみたいのよ」
「そうだなあの小説は風景のような日常を描いていたな。もっと二人の生々しい言葉があったはずだ」
「その果てにアンは二人目の子供を流産した」
彼女の舞台が目の前に見えるようだ。






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明日の道

 ミーの店はもうオープンしている。案内状は来たが1か月が過ぎてしまっている。またミーも新橋のビルにも顔を出さない。そういう周平も最近は新橋から足が遠ざかっている。新橋のビルには赤坂の整理を行う新会社の社長となった藤尾が一人で動かしている。彼に引き継いで下がるべきかと考えた時期もあったが、今はもう少し彼とも話を続けて行こうと考えている。
「ベンチャー会社はこれからどうなるんでしょうかね?」
 ミーの店に走るタクシーの中で藤尾が聞く。
「ぜい肉を落としてスリムになるべき時期だろうね」
 今日ミーの店に行こう決めたのは藤尾である。どうも藤尾はミーの店に何度か足を運んでいるようだ。
 エレベターを上がると外はもう真っ暗だ。慣れた足取りで店の中に入ってゆく。
「やっと来てくれたのね?」
「少し恥ずかしいね」
「別れた恋人に再会した気持ち?」
「あれから旗手社長とは?」
「もう会わないと言われた。それでやっとこの道を始められた。周平とはまだ別れていないよ」
 ちょうど舞台に女性陣が並んで挨拶をしていて、思ったよりたくさんの客がボックスに掛けている。
「店を始めて見てね、これからしたいことが見えてきたの。周平もそうだと思うの。藤尾さんが前に来た時もその話をしたよね。そういう意味で旗手社長は私達に任せてくれたと思うの。大きなことなどできないけど、やってみたいことをこのチームでだめかしら?」
「いいと思うな」
 藤尾が同意している。
「最後の仕上げが残っている。だがその考え方には賛成だ」
「今夜は飲んでショーを見ていてね。今度はビルにうかがうわ」















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プロフィール

夢人

Author:夢人
これは30年前から書き始められた小説です。
日記風に手書きされた原稿にもう一度読み返して書き加えたものもあります。この小説は本来活字にはしないことにしていましたが、某社長がなくなれた記念碑で発表を決意しました。

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