夢追い旅 2017年01月

夢の中に住む少女

「この子は好みなんだが」
 マントの男が、鋸を引くだろう男に小さな声で話しかける。何とも濃厚なデープキッスをする。小人が重そうな棺桶を起こして中を見せている。どうしてもキッスに目が行く。鋸男も、残念そうに棺桶の準備を手伝う。もう一度、全裸の少女の全身にスポットライトが当たる。
「私は、魔術師ではありません。これなる少女が人形でない生身であることはお分かりいただけたと思います。出来ればもう一日、この子の愛撫に時間をかけたいところなのですが、その気持ちを抱いてお別れする時に、私は生きがいを感じる人間なのです。愛するから、その命を奪いたい」
 マントの男が、少女を棺桶に寝かしつける。それからゆっくり小人も手伝って棺桶を床に寝かせる。鎖を巻きつける音がリアルにする。
「少し嫌な鋸の音がしますが、僅かの瞬間ですので我慢してください。ちょうど少女の体の部分にさしかかると、鈍い音がしますが、その音は嫌だという人は、今から耳をふさいでおいてください。その時、たまに微かな悲鳴が聞こえることもあります。これは私には読み込めないことです」
 すでに筋肉男が、棺桶に鋸を載せている。
 確かに、鋸を引く単調な音を出している。小人が例の耳をバタバタさせて舞台の前を動き回る。そして、はったと立ち止まって棺桶に耳を澄ませる。ぶにゅ~という嫌な音と同時に、微かにひ~という声がしたように思う。合わせて小人が尻餅をつく。鋸がゆっくり引き抜かれる。鋸に赤い血の跡が見える。舞台の照明が薄暗くなる。
 マントの男が、30センチほど切り離された棺桶を動かせてみせる。
 観客は誰も声を出さない。男はマントを脱いで、恭しく棺桶にかぶせる。
「ショーはこれにて終わりです。これはマジックショーではないですから、もちろんもう一度この舞台に少女を立たせることはできません。種明かしもなしです。私たちが住んでいるこの世界でも、こういう不思議なことは何時でも起こっています。でも、あえて気づかないことで、ほとんどの人は通り過ぎてゆきます。でも少女は、いつもあなたの夢の中にいます」
 照明が明るくなったときには、棺桶も、マントの男もいない。ベレイボーをかぶったケイ君が演出家として舞台で案内されて頭を下げている。
 周平は、自分の夢の中にも少女が住んでいると漠然と思った。







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幕が開く

 約束の時間に、もう一度クラブに戻る。
 入口で名前を言うと、片隅のカウンターに案内してくれる。
 水割りが出てくる。メモ用紙にケイ君とある。舞台がはけたら、一緒に車で店に行くなら、団長の了解はとったと、走り書きがある。
 ざわめきが収まって、舞台にスポットライトが当たり、黒マントの男が映し出される。
「世の中には不思議なことがたくさんあります」
 団長の声である。
 幕が開いて、小人が棺桶のようなものを引きずってくる。
「しばらく世間の煩わしいことを忘れて、私の不思議な世界にご案内します。そう、一つだけお約束してください」
 七色のライトが、不思議な世界にいざなう。
「この場でどのようなことが起こりましょうとも、警察などに通報したり、写真を撮られたりすることのないようにお願いします。すべて、異次元のこと、ショーが済みましたらすっかり忘れて、楽しいお酒を過ごされますように」
 棺桶を引っ張ってきた小人の顔がライトアップされる。あのでか鼻である。もう少し背が高かった気がする。黙々と棺桶の鎖を解いている。重そうな鎖の音質効果がいよいよ怪しげに響く。
「今夜は皆様方のために、一人の少女を買ってまいりました」
 その声を待っていたように、でか鼻の小人が棺桶の蓋を重そうに開ける。
 クラブの観客が、いつの間にか中腰になって棺桶の中を覗いている。何か白いものが少し見え隠れしている。片方の幕から、上半身裸の筋骨隆々とした男が、いかにも重そうな鋸を持って入ってくる。黒マントの団長が、棺桶の中に体を沈める。裸の手がマントにかかる。何とも緩慢な動作だが、時間が止まったように感じる。
「おお!」
という歓声が起こる。
 全裸の少女、いやカオルだ。目を閉じている。団長は軽々と片手で支えると、形の良い乳房を鷲づかみにする。今度は、明るすぎるくらいの照明が少女を映し出す。逆に明るすぎて見えないのだ。人形でないとでもいうように、マントの男は少女に頬ずりをしながら、瞳を開ける。瞳は、一点を見つめている。
 

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ケイ君

「また珍しいところに呼び出しだな」
 銀座のはずれにあるそれでも老舗で有名だ。周平も接待で何度か入ったことがある。まだ、日の沈まないこの時間に入るのはちょっと興味がわく。
「約束は守るたちでね」
 今日は、Tシャツにジーンズというラフな格好である。
「これがもう一つの仕事着」
「ここはクラブの楽屋裏だね」
「そうです。この時間は、ここは誰も入ってこない。ビール抜くかい?」
 返事も待たずに、ビールの小瓶を抜いて渡す。
「団長と直に話したんだよ、きちっとしたサラリーマンは苦手みたいだから無理だとさ」
「嫌われたわけだ」
「大した売り上げもないスナックなんだけど」
「それで独断だけど、詐欺師の話に乗ったよ」
「詐欺師の話に乗る?」
「カオルが詐欺師だと言い張っている。詐欺師なら、俺たちのメンバーに支障がない」
 思わず笑ってしまった。
「なら詐欺師でお願いするよ」
「それで今日なんだ。あの名刺は忘れたことにするよ。馴染の詐欺師にしたよ。ここでもう一つの商売をする。ちょっとした前衛劇だよ。これでも脚本家さ」
「それこそ詐欺師だな」
「紙一重だね」
「俺はケイ君と呼ばれている。今日から10日間ここで公演、店には団長たちは出ない。店の地図はここにある。もうすぐ団長が来る。舞台の準備さ。二人で話している姿を見てもらう」
「じゃあ、この名刺を渡してくれ」
 周平は、Kジャーナル記者の名刺を出した。
 背中に、熱い視線を感じた。








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黒い霧

 いずれ取締役の舅から、詳しい話があるだろうと思っていたが、それらしき兆候もなく、本人も出張らしく会社にも姿が見えない。とくに呼び出しもないので、何件かの仕掛中の作業を続けている。
 Kジャーナルを調査してみる。これは業界紙と言われる類の会社で、表向きは経済情報誌を無理矢理会社に売りつけている。主催者は国崎、昔は有名な国会議員の私設秘書をしていたとある。何件かの有名な事件に顔を出している。M商事の代表者の件もその中に含まれているようである。
「お出かけですか?」
「ああ」
「匿名の仕事なんですね」
 加瀬係長が、にやにや笑って声をかけてくる。
「取締役からそのように聞いていますよ。手伝うことがあったら何でも言いつけてください」
「で、取締役は?」
「今朝から会長と沖縄に出かけていますよ。会長は何か動き出すときは、沖縄に出かけるのですよ」
「君がここでは一番古かったかな?」
 周平は、打ち合わせソファーに座り直した。
「いえ、立花ですよ。もともと今の会長の取締役の時の運転手だったんですよ」
 この男は社内情報は詳しい。そういえば、周平の部署に目立たない社員がいた。
「いてるかな?」
「いますよ。取締役の運転手だから、今日は暇だから下の喫茶店で新聞でも見てますよ」
「呼んでくれないか?」
 いうより早く携帯をかけている。いたようだ。
「こちらから行くと言ってくれ」
 周平は立ち上がって、エレベーターに向かっている。
 確かに、気まずそうに頭を搔いている。どうもここが役員の運転手のたまりらしい。
「ちょいと調べもので・・・」
「いや、ちょっと尋ねたいことがあったんだ。昔から大きな動きがある時は、沖縄に出かけていたと?」
「加瀬さんですか?私は行ったことがありませんが、会長と取締役はそうですね」
「今の会長の社長交代時もおられたようですね?」
「はあ、この部署は、もともと2人社員から始まったんです」
「その時も沖縄に?」
「そうでしたね」
「Kジャーナルの国崎って知っています?」
「ええ、事務所に送りましたから」
「池袋?」
「そうです」
 やはり国崎と取締役は繋がっている。国崎は事実を伝えている。
 その時、携帯が鳴る。取締役かもしれないという予感で、画面を覗く。
 あのスリだ!






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周平が二人

 車が連れて行ったところは、アパートからそれほど離れていない。運転手は車を車庫に入れると、そこからエレベーターに乗る。ここに取締役がいるのか。
「入ります」
 真面な会社の雰囲気ではなさそうだ。大きな皮のソファーに黒塗りの大きなデスクがある。
「座りたまえ」
 先ほどの運転手がコーヒーを運んでくる。柔和な表情だが、目が笑っていない。ビルは古いが、部屋の内装は豪華だ。まさか本物とは思えないが、大きな風景画がかかってある。
「鈴木取締役は?」
「先ほどまでここにいたよ。彼は、昔この事務所にいた。久しぶりに使える男にあったと思っていたが、今のM商事の会長に取り上げられたよ」
 この話は初めて聞いた。
「そうだな、彼は5年ほどここにいて、ライターの仕事をしていた。M商事は昔からのお得意さんだ。今の会長が、社長になる時に、初仕事で手伝いをした。社長の確率が一番低かった男が、なぜか社長になった。その時、彼が担当について、M商事の課長になった。仕事の時だけの貸し借りと思っていたが、気に入れられたようだ。今の初代の企画室長だ。何をしているのかは誰も知らない」
 そういえば、相談はたいてい会長の秘書からかかってくる。現在の社長は、資金繰りがしんどかった頃銀行から来たと聞いている。今でも会社の決め事は会長のツルの一声で決まる。
「裏話を簡単にしていいんですか?」
「いや、おいおいもっと深い話をする時が来る」
「たとえば、鈴木君の奥さんに会ったことは?」
「もちろん、義理の母になりますから。銀座のクラブの経営をされていますね」
「それは表向き。会長の彼女だったんだよ」
 そういう噂は一つも流れていない。
「娘さんは?」
「会長に似ている」
 確かに、ペイペイの結婚式に会長が顔を出した。それが周平の出世の神話になっている。
「入ります」
 先ほどの男がドアを開けて入ってくる。
「この名刺を使ってくれ」
 名刺には、田辺一郎とある。先程、アパートで書いた名前である。Kジャーナル記者とある。
「しばらく、君は二人だ。M商事は匿名の仕事と言うことで、話はできている」








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ねぐら

 押し入れから初めて東京に就活に出てきたときのスーツに久しぶりに手を通した。お腹周りが何となく苦しい。
 もう何年も貼りっぱなしになっている空室ありの張り紙のある年代物のアパート。
「先ほど電話した田辺です」
 つい昔の名前を使っていた。
「空いている」
 乾いた声がして、厚化粧の60歳がらみの女が顔を出す。
 机があって、電話が何台も並んでいる。若い女が2人交互に全く違う店の名前で電話に出ている。
「厄介ごとはお断りなんだから…」
 最後はぶつぶつで独り言のようだ。無造作に紙と鉛筆を出す。
「好きな名前と住所を書いたらいい。形式だからね」
 周平は田辺の後はでたらめな名前を書いた。住所は西成のアパートの番地を書いた。西成という字を見た時だけ、周平の顔を見上げた。
「懐かしいな…」
 これもぼそぼそ独り言。
 それから急に立ち上がると、机の上の鍵を掴むようにとって廊下に出る。2階建てのモルタルのアパート。でも以外に細長い。一番奥まで来ると、鍵を開ける。
「蒲団はすぐに使える」
 窓に鉄格子が入っている。
「牢屋じゃないからね。ここは昔キャバレーの寮だったのさ。今はいわくのある・・・。トイレは共同だから。今のところ男はあんた一人だから・・・。鍵は、こいつを使っとくれ」
「支払いは?」
「済んでいる」
 周平一人部屋に残して出てゆく。周平はこの部屋の臭いから、久しぶりに叔母の臭いと同じものをかいだ。叔母との記憶は周平5歳の時から始まる。孤児院に入れられていたそうで、5歳の時急に叔母が現れて、周平を自分のアパートに連れて帰ったのである。
 どれほど部屋にいたのか、舅からの携帯だ。
「手続きは済んだか?」
 まるで隠しカメラでも見ていたような言葉だ。
「アパートの前に車が止まっている。君の写真は渡してあるから、その車に乗ってくれ」
 取締役の仕事運びは昔からこの調子だ。最後の最後まで手の内を見せない。












  

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バブル

 連絡はない。
 昨夜は、舅の取締役から呼び出されて、赤坂の料亭でベンチャー企業の取締役の小林という男を紹介された。今売出し中の会社ということだが、同じような仕事をしているということだった。だが、薄っぺらな男で自分から進んで、次々と梯子をしてゆく。舅は適当に周平に振ると、別行動をとる。ここ一番という手札は婿にも見せないようだ。
「身体の具合でも悪いの?」
 日曜日にソファーにもたれて腕を組んでいる周平に妻の映子が声をかける。
 確かに、映子が言うように休日はゴルフの予約で一杯だ。舅も昔ほどの元気はないようで、特別な先以外はゴルフの付き合いは周平に振ってきている。今日も実は予約が入っていたのだが、係長の加瀬に妻と食事に行くと言って、舅に内緒にすることで念を押して振った。
「いや別件で連絡が入る」
「珍しいからよ」
 何かもじもじしている。映子はテニスのラケットを弄くっている。どうも、ボーイフレンドとデートのようだ。
「こちらももすぐ出る」
 そこまで言うと、映子は用意していたショルダーを抱えて、もう玄関を飛び出している。こんな夫婦は異常なんだろうなと思う。でも、今までそれを不満とは思ってこなかったのも事実である。それが、今は隙間風が吹く。夫婦間に吹く冷たい風ではなく、何とも生臭い風なのである。
 新聞に目が留まる。
 あの小林のいるベンチャー会社の名前が出ている。経済面の小さな記事だ。でも、こういうところに周平の取引先のささやかな情報が載っている。水面下の動きはそっと載っている。ここからもっと深い情報を汲み取らないと、この世界では飯を食っていけない。舅の口癖だ。
 この会社は、どうも不動産バブルを読み取って、不動産子会社を建てあげているようである。積極的に進出かとある。M商事も最近大規模に土地を買い上げている。
 映子の車がガレージをけたたましく出てゆく。
 その時、携帯の音が鳴る。取締役からだ。ゴルフに出ていないのがばれたか。
「今から、池袋に出れるか?」
「いえはあ」
「M商事の名刺は出すな。名前も変えろ。あまりいい服は着て行くな。部屋を借りてもらう」
 ・・・こういう時は黙っている方が無難である。
「段取りは向こうがする」
といって電話番号を伝えて切れた。



 




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終電

今日も、周平は飽きずに電車の長椅子にかけて夢を追いかけている。お酒をひっかけるのは、出来るだけあの状態と同じに持っていこうとしているのである。大学を卒業してからの周平には、こういう生産性のない非合理なことに時間を割くという習慣は全くない。大学時代の自分ならと考えるのだが、昔の自分はすっかり捨てた筈だった。
 目を閉じているうちに、ラッシュアワーの時間は過ぎていて、酔っ払いの姿が目立ち始める。
 あの時は、9時を少し回っていたと思う。あの公団の理事は、決まって9時前にはお開きを宣言して、電車に乗る。9時15分の快速に乗る。だが、それから記憶がすっかりなくなって、あの店の記憶に繋がっている。
 昔にも、こういう記憶を失ったことがあっただろうか。西成時代は、確かに不思議な世界がいくつも周平の周りにあった。あの町はああいう街なのだと思っていた。自分の知らない店がたくさんあって、自分の知らない人たちがたくさんいた。まさに、叔母の存在そのものが不思議の国だったのだ。
「お客さん!車庫に入りますよ」
 車掌の声に追い出された。
「寝ていると、財布を擦られますよ」
 いくら環状線と言っても、車庫にいずれはいるんだな。
 ホームに同じように放り出されたサラリーマンがこちらを見て煙草を吸っている。
「もう、電車はないね。タクシーなら駅で拾える」
 酔っ払いの乗り過ごしの同類と見られたようだ。
「もう少しだったんだけどね。あんたついてるよ。もう一駅あったら、その財布はもらっていたね」
 平然と言う。
「駅前に飲むところある?」
「もう一度チャンスをくれるわけ。でも知り合いからは擦らないね」
 笑いながら、改札を出る。
 赤ちょうちんを潜る。常連のようである。終電が過ぎても閉まる雰囲気がない。どこか西成に似た臭いがする。
「君はこれが本業かい?」
「いや、何となくぶらぶらしている。サラリーマンから落っこちたやつというくちさ」
「スーツを着ているわけ?」
「これが安パイなんだ。逃げる時は不便だけどね」
 冷酒を乾杯する。
「おっちゃんは普通のサラリーマンやないね」
「おっちゃんはやめてくれよ。そんなに歳は違わないと思うけど?」
「まあね。でも俺たちと同じ臭いがするよ」
 その言葉を聞いて、今の取締役、舅を思い出した。彼も周平に同じことを言った。
「顔の広いところで、この辺りで変わったスナック知らないか?」
「サドマゾの?それともお釜?」
「いやそういう趣味はない。背の小さな女の子と、マントを着た鼻の大きな男がいる」
 ぼんやりコップを見つめている。
「刑事やないな」
 周平はM商事課長の名刺を出して、そこに携帯番号を書いた。
「いいところに勤めている」
「知っている?」
「書類審査で落とされたよ」
「長い髪の毛を真ん中で分けた団長という・・・」
「団長か、分かるが、電話を入れるよ」








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空を飛ぶ翼

「やめなさい!」
 ドアが開いて、黒い影が入ってくる。亀さんは跳ねるようにカウンターから姿を消している。
「カオル、さっさと食器を洗いなさい」
「はい」
 少女もおとなしい。周平はお金を払った観客のはずなのに、いたずらを見つけられたような気持になっている。この影の主には、人を威圧する不思議な力があるようだ。
「団長、今度の仕事は?」
 暗がりの中から、急に団長と呼ばれた女の顔が浮かび出す。髪は真ん中で分けていて長い。美人の部類に入るのだろうか、でも顔に表情がない。仮面をかぶっている感じだ。どうも、周平が眼中にないようだ。
「ケイ君は来てるの?」
「今日は顔を見ていない」
 マントの男が言う。
「明日来るように言って。急ぐから」
と言いながら、初めて周平を見つけたような顔をして、
「お客さん、もう店仕舞いよ」
「詐欺師なんですって」
 カオルが付け足す。
「酔っ払いでしょう?でもないと、こんな店には入らないわ」
「はあ」
「サラリーマンはこんな店とは縁がない方がいい。カオル、財布出して」
「ああ」
「この子はお財布を集める癖があるのよ」
 財布から千円を抜き出すと、
「帰るところは覚えているよね。もう終電も走っていないよ。カオル、向こう側の道路でタクシー捕まえてあげて。あのいつものグリーンのがいい。もう舞い戻ってきちゃだめよ」
 カオルがいつの間ににかドアのところに立っている。機械の擦れるような音がして、ドアの光が消えた。カオルという少女はやはり背が低い。周平の肩の高さにつむじが見える。
「詐欺師のおっちゃん!」
 声をかけてくれるが、足が速くて追いつけない。何度も路地を曲がって、いつも先で手を振る。これはもう一度迷子になったら、二度と家には帰れない、そういう恐怖感が襲ってくる。
「もう少しゆっくり!」
「詐欺師のおっちゃんは本当は空を飛べるんでしょ?」
「いつもはね。あの背広の上着に羽が入っていたんだけど、失なちゃったからね」
「そうかあ」
「今度来たときに、乗せてあげるよ」





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舞踏会

目が店の暗さに慣れてきたのか、前にいる少女の顔が見えた。まだ中学生くらいにしか見えない。
「金はある」
 財布を開いて中身を見せる。
「見せ金やないやろな」
 あっという間に財布が抜き取られる。
「聖徳太子がずらり5人ならんどる」
「戦利品!」
「だめよ。これは私が預かるわ」
 あっという間に、財布が彼女の手の中に。周平は手品を見ているように、少女の手の中の財布を見ている。
「板垣君はいるかな?」
 後ろから声がかかる。
「留守みたい。伊藤さんは在宅よ」
「伊藤君だけで、今日の舞踏会は参加できる」
「まだ 水割りは飲める?」
 夢を見ているのだろうか。
「では始めるとするか」
 うなぎの寝床のような狭いスペースに、マント姿の年寄りが立っている。声の張りに似つかわしくない。古めかしい音楽が聞こえてくる。この曲は確かに叔母の部屋で何度も聞いたことのある曲である。やはり!夢を見ている。男の顔が急に周平の前に迫る。鼻だけが異常に大きい。顔の半分は顔なのである。顔もまた大きい。六頭身、いや五頭身だ。マントはよく見ると薄汚れたカーテン?ランニングにパンツといういでたちなのである。
 少女は素早くカウンターのグラスを下げる。どうも舞踏会の何たるかを知っているようである。周平も慌てて、グラスを手元に運ぶ。いつの間にか、カウンターに花柄のパンツに半裸の青年が、1本の花を持って座り込んでいる。マントの老人が難解な詩を朗読する。
「これは昔々の話です」
 青年は口をパクパクしているだけで、少女が話している。周平はぼんやりと少女の目を見ている。これはどうしても少女の目ではない。恋の苦しみもすべて飲み込んだ瞳である。その黒玉が、話をしながら笑う時にくるくると回転するのだ。すでに 少女の言う舞踏会の幕は落とされたようである。暗がりのカウンターに人の顔か何人も浮かんでいる。
 どれほどの時間がたったのか、青年は花柄のパンツまでも脱ぎ去って、カウンターに仰向けに倒れたまま、まことに無様に足をばたつかせている。少女はまるで風景を見る目で、青年の亀さんの上に帽子をかぶせる。その帽子が生き物のように動き出す。青年は、それに合わせるように指先や足先まで巧みに動かす。鼻の男も負けていない。像のように耳たぶをひらひら動かすのである。これは少女の言葉の糸に操られているようだ。











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落とし穴

「もうそのくらいにしときなはれ」
 屋台の親父の声が、耳の中で駆け回っている。
 周平は押されるように、山手線の電車に押し込められている。中国人の観光客の声が耳を突き刺す。車窓からはM商事のガラス張りのビルが見えている。周平はここ数日、同じことを繰り返している。環状線をぐるぐる回っているのである。何かが見えてくるはずだ。あの日の記憶!
 あの日は、ある公団の理事の接待で、銀座の料亭に取締役と並んで出席した。この人は変わった人で、車が嫌いで帰りはいつも電車に乗る。取締役は、他の理事と2軒目に向かうが、この人はここでいつも帰る。でも、この公団では古くから地盤を持っているので、周平が道ずれになる。
「こんなあほな奴らが、日本を動かしとる」
 そういうこの人は嫌いではない。昔は学生運動の活動家で旗を振っていたと思いだしながら言う。
 品川で一緒に降りて見送りをする。それから確かに、走ってきた電車に乗り込んだ。その日は、ビールを挨拶しながら2本ほど飲んだだろう。それからホステスに勧められて、水割りを3杯くらい空けたくらいである。その程度の接待商談で酔うことはない。ここで記憶が一旦切れてしまっている。
「ネクタイどうしたの?」
 その声にハッとして目が覚めた。周平は首元に手をやったが、確かにネクタイがない。スーツの上着も着ていない。慌てて、ズボンのポケットに手をやる。財布は残っている。
「酒乱かいな?」
 後ろから声がかかる。
「追剥にあったの?」
 カウンターの中から少女の声がする。
「いや こいつは詐欺師や!」
「たとえば、街に徘徊するメンフィスト、おい魂を売らんかや」
 やたらと周りが騒がしい。
「お店を間違えたのかした?」
「いあ間違えない詐欺師やぞ。詐欺師らしかぬ風貌、だから詐欺師になれる」

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1枚の写真

 どれほど長く公園のベンチに腰かけていたのか、日が傾いてきている。60歳前後のサラリーマンがぽつぽつとベンチを占領していて永延と新聞を見つめている。彼らは公園に毎日出勤してきているという話を聞いたことがある。飲み屋に集まるその年代の人とは違う人種らしく、決して交わろうとはせずに自分の指定席に整然とかけている。
「ああ、松宮さん、これから取引先と打ち合わせなんで、・・・」
「はいはい、直帰なんですね」
 一番年嵩の彼女は、すべてを飲み込んでいるとばかりに、浮つくような返事を繰り返す。
 周平は公園を抜けだすと、最近から常連になり始めている東京では珍しい屋台を覗く。
「若いうちからうちの常連は寂しいね」
 それでも笑いながら、冷酒を注いでくれる。
 周平はこういううところに腰かけると、妙に懐かしく心が落ち着くのである。
 周平は大阪の西成の生れである。両親の記憶がない。物事の知恵がついた頃から、周平はちょっと美人な叔母に育てられている。戸籍上は叔母は母親である。でも、確信を持ってお互いに血がつながっているとは信じない。叔母は、若い頃から売春を生業として生きている。だから、商売するときは時間を区切って部屋を追い出される。だが嫌いではない。無関心な関係が二人にはよく似合っていたのだろう。
「あんたは商才があるわ」
といつも口癖のように叔母は言った。
 確かに、小金をせっせとためて、大学を卒業もした。そして異常なほど周到な就職活動をした。
 決定的に、叔母と別れたのは、東京のこの会社に入社が決まった時である。
「東京に行く」
「もう帰ってくるな」
 それが二人の会話だった。この挨拶が二人には似合っていると、周平は今も思っている。周平は、1枚の写真を鞄の奥底に潜ませると、昔、商売の間に出て行った時のように、振り返らず部屋を出て行った。この写真は、いまだ誰にも見せたことがない。叔母が20歳の時に演芸場に上がった時のブロマイドなのである。叔母はこの頃の写真をよく客に見せる。なぜか周平はこの時そっと1枚を盗んだのである。
 あれから西成には戻っていない。







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金縛り

 まだ外は3時で、眩しいくらいの太陽が差し込んでくる。秘書課の女子社員が、重役を送り出して笑顔を戻して玄関に戻ってくる。周平を見つけたのか、再び営業スマイルになって駆け寄ってくる。
「ご結婚になってから、ご無沙汰ですね」
 数か月前まで、何度か関係のあった仲である。
 周平は軽く頭を下げて、M商事のガラス張りの10階建てのビルを眩しそうに見上げる。垢抜けていてまた他人のような顔に戻って、立ち去ってゆく。彼女には今の舅を紹介してもらった恩もある。でも舅の女の一人でもある。会社といっても裏から見ると全く違う地図で構成されている。そんなことも彼女から教わった。
「東京にもスモッグのない日があるんだな」
 いつものように歩き出している。とくに今日はしなければならない仕事も約束もない。ただあの部屋から出たかったのである。あの封筒も、朝、取締役から渡すように頼まれたものである。中身は、数字が並んでいるだけである。もちろん周平にはこの数字の意味が分かっている。加瀬係長はそういう数字を運んでいながら、何も分かっていなかったのである。まるで自分が飲み歩くことで仕事を果たしていると誤解していたのだ。
 周平は故意にビル街から路地に入った。
 どこか自分の中の歯車が狂い始めている。ここ数日、神経が異常に高ぶっているのである。今日の仕事を係長に振ったのは、やはり拙かったのだろうと思い出している。係長が渡された封筒の意味合いを知る力があれば、彼は課長の階段を上る道が開けてゆくのだ。まあ 心配はなかろうと今の不安な気持ちを追いやるように頷く。
 今朝、周平はうなされて、女房の映子に揺り起こされた。周平は襲われたようにたじろいで、ベットから転げ落ちた。だが落ちたのはいいが、金縛りにあって起き上がれないのだ。初めは周平を起こそうとしていた映子だったが、固まって目を剥いた周平を投げ出して、近寄ろうとしない。周平は気を失ったわけでないから、その風景を見ている。映子は瞬間的に携帯をつかんで金切声をあげている。
「どうしよう!」
 父親にかけたのだろうか。金縛りは解けない。
「あんた来てよ!」
 どうも今でも続いているボーイフレンドのようである。この件は、舅から写真を見せられて説明も受けていて、その他に何人かそういうボーイフレンドがいるようである。この関係を知らずにするのが、この結婚の条件であったわけである。舅は、映子のこのことを病気と言っている。
 なぜ周平は舅の提案にその時乗ったのだろうか、そこには今書きつくせない闇がある。

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プロフィール

夢人

Author:夢人
これは30年前から書き始められた小説です。
日記風に手書きされた原稿にもう一度読み返して書き加えたものもあります。この小説は本来活字にはしないことにしていましたが、某社長がなくなれた記念碑で発表を決意しました。

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