夢追い旅 2017年02月

様子見

 分かれるという周平を轟が呼び止めた。
 喫茶店に入ると、ビールの小瓶を頼む。
「傷にはよろしくないですね」
「ちょっとひっかけないと警察はねえ。いくつか話がある」
 轟は旨そうにビールを瓶ごと飲む。周平もつられてビールを頼む。
「まず、ねぐらに盗聴器が仕掛けられている」
「よく分かったな」
「あそこは俺の領分だ。この件に関係が?」
「ないと思う。ロシアの女の子が付けた。あのアパートの管理人は やくざか?」
「違う。アルバイトだよ。あのママはそんなせこいことはしない」
 ケイ君に直接聞くしかない。
「柳沢は独身だ。このゲーム屋の一室にここのママと同棲している」
 轟は住所と店の名前を書く。
「そんな恰好で行くなよ。れっきとした賭博屋さんだからさあ。女の兄が刺青ものさ。前回、調査の時に素性を調べた。誰でも彼でも相棒にしたら身が持たない」
「兄の線が濃いというわけだ」
「そちらはどちらに付く?」
 どうも相棒として周平を見てくれているようである。
「国崎さんが悩むように今すぐに答えを出すのは難しい」
「殺人が絡むとなると、とんだ巻き添えを食らうことになる」
「それにこの問題はまだまだ奥が深いように思う。まだようやく手下の動きがつかめたところだ。黒崎さんが何を考えているのかもわからない」
「まあサラリーマン崩れが関わる事件ではなさそうだな」
 轟はひょいと立ちあがると松葉つえを押し出すように出てゆく。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

監査役の死

 周平と轟が国崎に呼び出された。轟は昨日退院したばかりで、二本の松葉つえを操ってようやくソファーに座る。国崎は忙しい煙草の吸い方で、不機嫌さが現れている。
「今朝の新聞見たか?」
 3種類の新聞がテーブルに広がっている。
「監査役が見つかったようですね?」
 轟が口を開く。
「こちらで調べてみたが、自殺か事故かと見出しが出ているが、タイヤ痕から自殺はないと判断しているようだ」
「新聞にはまだ出てませんね」
「直接聞いた」
「身元はM商事の監査役と持ち物のから判断したとありますが、運転手のことは出ていませんね」
「運転手も死亡している。M商事の横浜支店の営業課長だ」
「やはり、朝、相談役の指示で自宅まで迎えにやったのですね」
「どう思う?」
 周平に視線が向いている。
「赤坂資金の流出からすると、会長派が怪しいことになります」
「となると、鈴木取締役が動いたか?」
「あの人のタイプじゃないですね」
「そう思う。だったら会長か?」
 そんな単純なタイプじゃない。
「思いつく人物がありそうだな」
「これは推測だけですが、人格的に柳沢部長が最も近いですね。とくに鈴木部長のライバルとして、大胆な手に出たのではないかと思います。前回の藤尾課長の時も独断専行でしたね」
「それは言えますよ」
 段取りを手伝わされた轟が答える。
「よし、まずはその線を頼む。轟は知り合いの刑事に会って、あの日の追突を説明してくれ」
「警察ですか?」
「追突した車を警察に洗ってもらう。おそらく衝突痕が車についている。轟には衝突されたものしかついていない、心配するな」
「仕事柄あまり付き合いたくない」
「それから判断しても遅くはない」
 ぼそっと、国崎がつぶやいた。 










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盗聴器

 監査役の消息がつかめない。
 三極がにらみ合ったまま動けないようだ。特にこれといった動きもない。舅からも相談役に組しろというような性急な電話もない。
 周平は朝会社に顔を出して、そのまますぐにねぐらに向かった。最近尾行者の動きもなさそうだ。
 部屋に入ろうとすると、人の気配がする。ロシアの少女が暇なときによく忍んでくるようになっている。体の交渉もいつの間にか自然にできてしまった。もともと女性には鈍い性格だったが、原則執念のようなものはない。叔母を見ていたから、それは生活の一つのリズムくらいにしか考えていない。ロシアの彼女も同じようである。ただ、抱き合っていれば、交渉し合っていれば存在を抱きしめれるらしい。
「ばれたよう」
 彼女は、周平の顔を見てそう言った。 
「何が?」
「あの非常階段の男、覚えてる?」
「脅された?」
 首を横に振る。
「名前は?」
「みんなケイ君と読んでいる」
「何をしている?」
「売春の斡旋している」
「じゃあ、ここのママとはライバルだな」
「ママの仕事は安い。ケイ君のは高い。だから、何人かは内緒でやってる」
「常連かい?」
「時々行く」
「ごめんなさい。あなたのこと前に話しちゃったの。お金貰ったの」
「何を聞かれた?」
「生活しているか?とか、誰か来ているか?など」
「分からないと答えた。ただその机の上に会った田辺という名刺を見せた」
「それで今日は?」
「これを隠せって」
「盗聴器だな」
 ケイ君は何を調べようというのだ。彼が会長の関係者であるようなことはないと思う。
「スイッチは?」
「これから」
「よし付けてもいいが、ケイ君のことを調べてくれ」
 ポケットから万札を3枚出した。











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追突

 相変わらず、轟からは連絡はない。彼女の店に連絡するが、何日も帰ってこないことはよくあるということで、ケロッとしている。轟が彼女のために危険を冒しているとはつゆ知らないのである。金が入らなければ、縁の切れ目もありうる。だが、周平も同じ環境である。もし、今回舅側に回らなかったら、離婚もありうる。いや、今の地位もないだろう。舅に従っても、国崎に逆らうことになるかもしれない。
 結局、あの夜は藤尾と朝まで飲んだ。藤尾はどうも、ここ1週間ほど赤坂に籠りきりのようである。女房と子供は、実家に帰したようだ。
「課長、今朝会社に電話があったのですが、轟という名前ご存知ですか?」
 加瀬の声である。
「ああ」
「今言う病院にすぐに来てほしいということです」
 病院名と、部屋番号を教えてくれる。熱海である。
 熱海の病院まで、列車とタクシーでつなぐ。
「どうしたんだ?」
 4人部屋で、足をつるされて、轟が笑っている。
「労災やな。でも訴えるとこがない。車もやってもた」
「監査役の車を尾行してた。こちらの後ろにもう一台ついていたのや。バクミラーを見たときは遅かった。後ろの車に見事にお釜されて崖を真っ逆さま」
「携帯は?」
「山の中かな?」
「警察は?」
「調べてみると言ったきりや」
「どこから尾行した?」
「鎌倉の自宅からや」
「運転は監査役が?」
「いや、横浜ナンバーの車が迎えに来ていた」
「運転手に見覚えは?」
「背広を着ていたが、見覚えはない」
「追突した車は?」
「サングラスをかけた・・・」
頭も打ったらしく、顔をしかめる。
どうもそこまでである。
国崎には簡単に今の状況を知らせる。
何か、予想していたような反応である。













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架空名義

 タクシーで轟の彼女の店に向かっている途中、藤尾部長から携帯が入った。赤坂の現場に来てくれということだった。もう日が暮れていて、この地上げの現場は赤坂の墓場のように不気味だ。慎重に、少し離れたところで車を降りて、路地を後ろを気にしながら歩いていく。
 4階の部屋は、今日はしっかり鍵がかかっている。
「田辺です」
という声でゆっくり扉があく。
 藤尾は手酌で湯呑に入れながら、日本酒の一升瓶を飲んでいる。
「当ては缶詰しかないがいいかな?」
「ええ」
「あの赤坂の記事を書いたのは、お前さんかね?」
「いえ、それで今日はこちらも走り回っているわけですよ。スクープを横取りされたわけですから、えらい雷を落とされましたよ」
「あれは俺じゃないぞ」
「分かりました。M商事の監査役でした」
「何でまた?」 
「3つの勢力がぶつかっているんですよ」
 藤尾が湯呑に注いでくれる。
「それで俺の事件は?」
「分かりました。あれは柳沢が仕組んだ仕事です。会長の依頼ですよ」
 あえて取締役と、轟の名は伏せた。
「そうか。これは書いても証拠がないぞ。実は地上げをするのに、架空名義の口座が必要だった。それを会長に言うと、昔からの引き継ぎの口座があると言って、個人名義の口座を5冊貰った。それに融資額のうち、領収書が貰えない分を捻出して貯めこんでいた」
「どの位の金額がありました?」
「合わせれば、500億にもなったな。こちらは不正を言われてら困ると、メモ書きをつけていた」
 このメモ書きは決め手だ。
「残念ながらここにはない。何かあったら出るところに出す」
「それはそうですね」
「ところがつけているうちに、50億ほどが合わない。通帳は取引のない時は会長の手元にあった。そのことを伝えると、会社の補てんに回したという返事が返ってきた。仕方がないので、取引のない部分に金を使ったように資料を改ざんせざる得なくなった」
「誰かそのことに?」
「柳沢係長がその時の上司の不動産部長に漏らした。それが元で二人が検査部に呼ばれた」
 でもその記録は検査部にはない。
「ほとんど同時に、あの強姦事件が起こった」








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導線

 会社を出たものの、轟とは連絡がつながらない。
 ぶらぶら歩いているうちに、ホワイトドームの裏にある白壁の病院に入っていた。かなり年代物の病院である。廊下を進んでいくと、警備員に呼び止められた。ここから入るのは許可がいるという。精神病棟があるという。
「あんた狐だね」
 振り向くと、あの小人のでか鼻がいる。
「精神病棟があるんだね」
「ああ、難病の病棟もある。わしらはあっち。団長もあそこに昔はいたんだ」
「団長の病気は?」
「内緒だよ」
と言いながら、短い脚で中庭のベンチに案内する。
「団長はね、7年前にこの病院に運び込まれてきたんだよ。顔が焼きただれていて、海外で手術を受けたけど、今度は日本で整形手術をしたということを聞いた」
 仮面のような顔はそうだったのだ。
「団長の彼氏はケイ君だね?」
「そうかな?」
 でか鼻はひらひら耳を動かして、ベンチの周りを動き回る。
「団長は男で、ケイ君は女なんだよ実は?」
「ややこしいね」
「これから店に行く?」
 団長は男で、ケイ君は女がどうもしっくりしない。
「いや仕事中なんだよ」
 とにかく轟の彼女の店に行こう。
 ポケットの携帯を見るが、轟からは連絡がない。
「今いいですか?」
 課の女性からだ。
「監査役は、元M商事の取締役経理部長でした。今の相談役の社長退任時に監査役に退かれたようです。相談役の大学の後輩と書かれています。もともと先代の時からM商事の生え抜きです」
「いや、ありがとう。しばらく伏せておいてくれ」
 どうも話はつなっがってきたようである。












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立ち位置

 2日と置かないで、その記事は雑誌に出た。取締役の見せられたゲラ原稿の通りだ。ということは、新しい派閥が動き出したということだ。取締役はどの位置に身を置こうとしているのか。その位置と、周平の位置は非常に難しい関係になる。
 今回は、取締役全員が会議室に籠った。周平も待機として、別室で会議をした。周平の課内は女性と運転手を外すと、たかが6人と少ない。
「今度は国税ですか?」
「まだ分からない。最近派閥の動きは?」
「私が調べていますが、とくに大きな変動はないと思いますが?」
 加瀬が資料を覗きこんで言う。
「もともと、赤坂は私らには関係のないゾーンでしたので」
 若い一人が答える。
「関係していた部署は?」
「開発部は柳沢部長からはこちらには何も漏れてきません」
「経理部は?」
「赤坂資金にはノンタッチしていたと言います」
「この記事によると、かなり精密な投書の一部が、この雑誌社と国税にということになっている。内部のものしか考えられないとある」
 携帯のバイブが震える。ポケットから覗く。国崎からである。
「取敢えず、加瀬君はこの雑誌社に行ってくれ。それから残りは、最近で経理部、開発部を辞めたものがいないか調べてくれ」
 そう言うと、周平は屋上に一人で上がった。
「暴露記事が出るのを知っていたのでは?」
 どこまで知られているのか。
「まあいい。出所はそちらの監査役だ。轟が本人を追っている。監査役の身元を調査してくれ」
 課の留守番の女の子に、携帯を入れ監査役の経歴を調べたら連絡入れてもらうように頼んで、轟を追うことにした。どうも轟の動きが気になる。





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新しい流れ

 突然、舅の取締役からメールが入り、横浜のM商事の支社の支社長室に朝一番に来るように連絡が入った。横浜は、前の社長の相談役の部屋があるところで、今更ここを日参する取締役はいない。彼は会長のポジションも与えられず、そのまま取締役でもない相談役に閉じ込められた。ただ、彼が完全に葬られなかったのは、創業者一族の一人で、一定の株式数をバックに持っていたと言われる。
「鈴木です」
 受付に伝えると、支社長室ではなく相談役室に通された。
「わざわざ悪い」
 取締役が、相談役と並んでソファにかけている。
 こういう時は、黙って成り行きを見るのが賢い。
「君とは初めてだな。墓守のような役だからな」
 相談役から口を開いた。
「昔は、君の舅に上手く罠をかけられた。私の周りにましな男はいなかったんだ。銀座のママが・・・いまさら言っても始まらないな」
「不思議に思っている?」
 昔のような野獣の目を舅はしている。
「どこまで調べた?」
「国崎さんのご存じの話ですか?」
「彼もまだ決心がつかないでいる」
「私にはまだ呑み込めないんです」
「それはそうだ」
 舅がゲラ原稿をテーブルに置く。
 目が活字を追っている。例の赤坂プロジェクトを書いている経済誌ではない。どちらかというと暴露記事の好きな業界誌である。
「国税が赤坂プロジェクトを脱税として目を付けた」
「得意の仕掛けじゃないのですね?」
「残念ながら、会長も無理をし過ぎた」
「ということは、社長派に?」
「会長派も社長派もない。土台の会社が危ない」
 でも、舅はここでも綱渡りをしようとしている。
「会長は藤尾に何か知られている。だから、あんな芝居を打った。国崎さんに情報を知られまいとして、私に轟との繋ぎを依頼した。私もその時は、さしたることではないと深い詮索もしなかった」
 いや、柳沢の女に夢中になっていたのだ。
「今答えは求めない。この記事が出たらもう一度話し合おう」










 

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尾行者

 最近、人に尾行されているような気配がする。
 慎重になって何度か振り返る。会社を出ても、すぐにはねぐらに戻ることはしない。藤尾部長の絡みで尾行がついたのか?それとも轟か?それとも加瀬なのか?どうも彼に調べさせると、マキに情報が筒抜けになっている。
 今日は、池袋の反対側に降りて、わざわざタクシーに乗った。
 映子はママのところに行くと、いや男と旅行に出ると、10日ほど戻ってこない。結局最後は喧嘩になって不機嫌で戻ってくる。銀座のママに確認することもない。こんな結婚というのは普通ではないとは周平も思っている。でも、女を信じることに妙に憶病になっているのだ。
 廊下の一番奥の部屋の前に立って、扉に僅か隙間ができているのに気付いた。轟が来ているのか?彼は何度かかってに部屋に入って、最近は頻繁にパソコンをいじっている。パスワードを入れられているので、本人でも開かない。
「轟さんか?」
一応声をかけてドアを開く。
「ごめんなさい!」
 なんと、何日か前そこの露地を歩いていたロシア少女だ。
「鍵をかけ忘れていた?」
「こんな鍵すぐよ」
 たどたどしい日本語だ。
「他人の部屋に入ったらだめだよ」
「分かってる。でも、ここの住人みんなあんたに関心ある。ここのママ、厄介者って呼んでいる」
「そうだろうな」
「名前?」
「狐」
「変な名前」
「振り向かないで、私とキッスしながら、あのラブホテルの非常階段見て。病気はないから安心して」
 言うなり抱きついてキッスをする。周平は呆気にとられながら、角度を変えて非常階段を探す。男は双眼鏡でこちらを見ている。彼女の舌が入ってくる。男が双眼鏡を外した。ケイ君だ。
「知っている人?」
「アルバイトで私達を斡旋する」
「君を監視しているのでは?」
「いえ、狐が戻った時に、あの階段に上った」










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裏の裏

 轟の彼女の店で会うことにした。
「久しぶりですな。しばらく赤坂の嵐は続きますよ」
 轟は楽しそうにボトルの焼酎を注いでくれる。
「ギブアンドテイクですから、新しいピンピンの情報流しまっせ」
 どうも黒崎から新しい仕事を受けているらしい。
「もう報告済みですから、金には替わりまへんで」
 あまり口を挟んで腰を折らない方がいい。
「会長、経団連の副会長の口が回ってきたようで、久しぶりに札束合戦になりますな」
 会長は院政を固めて、経済界に進出のようだ。これは舅からも聞いていたがいよいよか。でも、この赤坂プロジェクトは金がかかるばかりで、儲かるのにはまだ程遠い。
「赤坂はまだ金にならないでっしゃろ。そうです。それで会長は中抜きをしてるらしいです」
「黒崎さんが調べろと?」
「黒崎さんは会長の子飼いやないですよ。もっとバックからの指示です」
 何となくわかるような気がする。
「糸は藤尾元第2課長ですわ」
「そこでこちらからも情報です」
 轟の目が宙に浮いている。
「藤尾をはめるのを手伝いましたね?」
 テーブルに先ほどの写真を乗せる。
「もうそこまで行きましたか、柳沢の手伝いをしました。もともと彼女は柳沢の女だったんですよ。藤尾に薬を飲ませて、写真撮る時だけ彼女は上半身裸になりました」
「柳沢だけの知恵じゃないはずだ」
「この話は鈴木取締役からきました。黒崎さんはご存じない」
「アルバイトをしたわけだ」
「いえ、これは会長からの指示だったようです。藤尾は何か会長の情報を握ったようですな。それを封じるための小細工だったんですが、取締役は彼女に手を付けてしまった」
 ここでマキの話と辻褄が合う。
「柳沢はその証拠写真を撮って、会長の側近になったようです」







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絡む糸

 加瀬に携帯を入れて、藤尾課長時代のメンバー表を取り寄せてもらう。長い髪の女は、現在会長の秘書の一員になっているという意外な報告である。 

 秘書のマキに連絡を入れる。彼女はすぐにはとらない。
 喫茶店に入って、藤尾の話をまとめてみる。彼が年甲斐もなく課のマドンナに憧れていたのは、そんなに有名な話ではなかったはずだ。こういうことは人事が嗅ぎつける。ここに至るまでに、配転するはずだ。大会社は表ではそういうことにうるさい。裏では何でもありだが。彼も当然そんな話をしていない。彼女は現在25歳、一般社員から秘書課という例はM商事にはすくなてもない。以前から付き合っていたこともないと藤尾は言い切る。
 それが歓送迎会の時に、藤尾は彼女からレストランのあるホテルの一室に誘われてビールを飲んでいる。
「今日はだめよ!」
 その時マキから携帯が入った。
「会長との付き合い」
「そんなお誘いではないんだ。君の秘書課に2課から転籍してきた髪の長い」
「ああ、あの女!」
「彼女を秘書室に入れたのは誰だ?」
「そんなこと。鈴木取締役よ」
「まさか」
「今の鈴木の女よ。だから私がイライラしてんのよ。女は歳じゃないってこと教えてあげるよ」
 言うなりぷつりと切れる。
 舅が絡んでいる。手口が似ている。
 無意識に、轟の携帯をかける。彼も絡んでいる。そんな臭いのする話だ。
 加瀬に携帯を入れ、現在のこの女の住所も調べさせる。










 

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1枚の写真

 3度ほど携帯に連絡して、ようやく藤尾部長の方から連絡があり、昼過ぎに赤坂の開発中のビルで会うことになった。どうも休暇を採っているのではなく、ここに緊急避難したようだ。指定された場所を加瀬に連絡して調べてさせる。
 かなり入り組んだ露地の中にある。昔ながらの4階建てのアパートで、最近の地図では名前が消されているということだった。
 赤坂でぺんぺん草の生えている道があるのも珍しい。もちろんアパートにエレベーターはついていない。1階から一部屋ずつドアを確認してゆく。どこも人が生活している気配がない。
 最上階に来て、半開きのドアを見つけた。
 確認のために、携帯に連絡を入れる。すると、ジャンバー姿の男が手招きする。
「どうしたんですか?」
 部屋の真ん中に机が一つあるきり。藤尾部長は、作業着姿で一人で座っている。先ほどのジャンバー姿の男は入れ替わりに部屋を出ている。
「あなたは何者です?」
「Kジャーナルの記者ですよ」
 仕方がないという感じで、冷蔵庫からコーヒー缶を取り出す。
「あなたと会ってからすぐに、匿名で脅しの連絡がありましたよ」
「知っている人?」
「柳沢だ」
 彼はまだ迷っているようだ。
「ここは?」
「K開発の地上げ事務所の一つさ」
と言って、窓を開ける。
「この横の、クリーニング屋のシャッターがあるところは、M商事のダミー会社の事務所だよ。昔はあそこからこの窓を眺めていた。現場では、馴染なんだよ」
「なぜ柳沢開発部長に脅される?」
「力になってくれるか?」
「ああいいとも」
「でも全てを教えるわけにはゆかない」
「それも通りだ」
 彼はポケットからプロマイド写真のような1枚を出した。
「これは柳沢から送られてきた写真の中の1枚だ」
 仰向け全裸の男が大の字になっている。明らかに藤尾だ。
「この隣で上半身裸の背中を見せている髪の長い女は?」
「2課のマドンナだ」


  





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カオルの病気

「どうしたんだ?」
 頭が割れるように痛い。ここはどこだろう?
「責任取らなくていいのよ」
 団長が、下からスパゲティを作って上がってくる。
「3人分作ったからどう?」
 カオルの裸の背中に、団長が蒲団をかける。周平も半裸だ。二人分の蒲団に川の字で寝ていたようだ。
「何かした?」
「私には何もしない。カオルが一方的に仕掛けた。この薬よ」
 畳にポンと投げる。
「何?」
「変態医者からせしめたのよ。やりたくなって仕方なくなるようよ」
「カオルも飲んだ?」
「彼女には薬はいらない。それより会社は?」
「詐欺師だからね」
「私は信じてないのよ」
 上着のポケットを探る。
 スパゲティの味はどこかで食べた味がする。そうだ。叔母の唯一の得意料理だ。
「この味は懐かしいね」
「若い子には評判は今一つなのよ」
 周平はこのほの甘いのが好きだ。
 携帯を取り出す。3本留守電が入っている。
 加瀬からの留守電。社長が辞めた藤尾のことを尋ねてきたきたという。どうも、藤尾の件は会長との関係が深そうだ。次は女房の映子。しばらく、実家に帰るとのこと。彼女には実家がない。実の母親の銀座のママのところにいるということだ。でもこれは彼氏の一人と旅行するときのいつもの手だ。銀座のママを周平が苦手としていることを周知している。もう一つは着信だけで切れている。
 藤尾開発部長である。彼は何かを握っている。
「食べたら早く服を着て出かけることよ。まだやりたいなら別だけどね」
 団長の声に急き立てられてホワイトドームを飛び出す。











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居心地のいいところ

 赤坂開発の黒い噂は収まるどころか、有名誌の連載にもなっている。
 社長はこれ見よがしに、社内に調査委員会を設立して、田上専務が調査委員長に任命された。なのに、取締役は赤坂問題には感知せずといった感じで、会長はもっぱら柳沢開発部長と部屋に籠りきりである。マキの言う異変はどこまで起きているのか。
 周平は、人事部の倉庫に入って、まる一日元第2課長藤尾の退社辺りの資料を探した。どうも投書があり、人事部長が面接したらしい。5度ほど面接があり、これも人事課長が担当しているが、不正調査の検査部は絡んでいない。藤尾課長は一貫して無実を主張しているし、これといった具体的証拠も提出されていない。なのに最後の面接の翌日に、自己都合退職扱いとなっている。柳沢係長の不正金暴露の証言もどこにも見当たらない。
 これはもう一度藤尾部長に会いに行かなければならない。どこかに嘘がある。
 周平は、会社を出ると、K開発に電話を入れたが、本日は藤尾部長は休暇となっている。
 いつの間にか、ホワイトドームに来てしまっている。
「いや、何時ぞやの目玉さん」
 半開きのドアの隙間から目玉さんの横顔が見えた。
「その声は、狐さん」
 カウンターに見知らぬ客と並んでかけている。
「この近くに来たから」
「カオルが狐はどこって煩かったよ。まずはビールだね。セルフサービスだから」
「誰もいない?」
「団長とカオルは警察に呼ばれている。でもこの時間なら帰ってくるよ」
「何かあった?」
「ショーで挙げられたのさ。ほれお戻りだ」
 音で目玉さんには分かるようだ。
「どうしてたんよ!」
 カオルが飛びついてくる。
「今日は高そうなスーツね」
 団長がビールを注いでくれる。
「仕事着だから」
 ここに来るとなぜかほっとする。なぜだろう。










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裏切り

 二度目の加瀬の携帯だ。
「分かりました。ベンチャー企業の子会社K開発の部長になっていますね」
 またあのベンチャー企業が登場した。
「直接会ってきますか?」
「いい。電話と住所を教えてくれ」
 電話をメモると、すぐに小林の携帯に電話を入れる。
「黒崎さんに引き合わされた、鈴木です。お宅の子会社のK開発の藤尾部長を紹介いただけませんか?」
「ああ、例の赤坂をやっている?」
「できれば、Kジャーナルの田辺で出会いたいのです」
「世話になっているということで、今から入れといたほうがいいよね。国崎さんの仕事なら」
そのまま、新橋にあるK開発までタクシーで走る。
 小林の紹介で、会うのは問題ない。
 小さな事務所である。
「いや、どうぞ」
 周平は、Kジャーナル記者の名刺を出すが、互いに面識はないようだ。
 藤尾部長は赤ら顔で現場のたたき上げと言う感じだ。
「今日の新聞ですかねえ」
「まあ」
「小林さんはうちの会社の取締役でもありますから、お答えできることはお答えしますよ」
「この開発は、M商事でおられた時からかかわれていたと?」
「すでに調べられているわけだ」
「元はどちらから持ち込まれた話だったんですか?」
「M商事の会長です。会長がS銀行の頭取から誘われたという話でしたよ。そのあたりは私にはわかりません。ただ、融資はスムーズに行われましたね。ところが、当時の不動産部長はあまり乗り気じゃなかった。部内で、逆に足を引っ張られることになった。これは書かないでくださいね」
 藤尾部長は、顔をしかめて小声で言う。
「地上げの資金ですから不明金は多いのです。それを不正な使い込みと責められたんですわ」
「指示者の会長は?」
「冷たいもんですわ。でも、地上げは領収書なしが原則ですからね」
「開発部の柳沢部長は?」
「彼は私の下で係長をしてましたよ。それが使い込みの証言を」

 








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赤坂プロジェクト

「入ります」
 久しぶりの訪問である。
「轟から報告をもらっているが、田上専務が社長派に鞍替えしていたんだってな」
 ゆっくり煙草をふかしながら、ソファにかける。
「今日のスクープ見たかい?」
「はい」
「会長からも朝電話を貰ったが、どうも鈴木君の評価がずいぶん落ちているね」
 これは即答しにくい。取敢えず、周平は取締役の身内中の身内になる。
「赤坂プロジェクトはご存知ですか?」
「ああ、これは危険な爆弾だ」
「それは?」
「あまりにも複雑に絡み過ぎだ。味方同士が敵になる。その逆もありだ」
「国崎さんは、私に何をしろと?」
 この質問は最初から漠然とある。しばらく様子を見ていたのだが見えないでいる。
「この調子なら、最初のもくろみを変更しないといけないと思い始めている」
 加瀬から携帯が入ったようだ。
「とにかく、赤坂プロジェクトを一から洗い直してくれ。鈴木君は赤坂から外されている。これが命とりになるかもしれない。彼を助けるも突き落すのも君次第だ」
 妙な言い回しだ。
「これから出かける」
 そういうなり、黒崎は周平を部屋に置いて出てゆく。どうもこのタイプは苦手だ。
 建物から出てから、加瀬に携帯を入れる。
「2課長は、退職していますね」
「退職?」








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スクープ

 久しぶりに出勤してみると、蜂を突いたような騒ぎである。
「課長これですよ」
 加瀬が大手新聞を広げて、周平のデスクに置く。
 これがマキの言っていたことのようだ。
「赤坂プロジェクトです。名前は出ていませんが、この記事を読んだら業界のものなら、M商事の会長は浮かびますね。他の新聞も買いにやらせましたが、この新聞だけのスクープですね」
 ここは、M銀行系だ。社長は着実に動いているというところか。
「取締役は?」
「幹部会議に呼び出されています。これが出席者の名簿です」
「会長の名前がないが?」
「M銀行の頭取に呼ばれてでかけました」
「社長はなぜいかない?」
「社内の対策を練ると残ったようです」
「ここのラインは誰が?」
「ここは広報が担当で、こちらの分野じゃないですよ」
 社長の管轄か。
「取敢えず、誰かにこちらから新聞社にあたってくれ。それから、赤坂プロジェクトをもう一度洗い直してくれ」
「それは?」
「最初に持ち込んできたところを調べること。開発部の前に不動産事業部の2課が確か初期担当してたな」
「待ってください」
と言うと、机に戻って資料を持ってくる。
「2課長は、開発部にはいませんね」
「至急に調べてくれ」
 携帯が鳴る。
 黒崎からの電話だ。
「これから出られますか?」
 こういうのは反応が早い。
「とにかく、連絡を入れてくれ。もし、取締役から聞かれたら池袋と言ってくれればわかる」








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ジャンル : 小説・文学

命綱

 8時を20分過ぎた頃に、マキが遅れて来るのは当たり前というような顔で、ホテルの最上階にあるレストランに入ってくる。彼女とは、何度かこのホテルに泊まっている。その時に、マキの方から取締役の彼女であると告白されている。その頃はまだ舅の娘とは結婚していない。その当時会長のお手付きだった彼女を、舅が口説いて、会長のスパイとして使っていた節がある。
「まさか、あんたが鈴木の娘と結婚するとは思わなかったわ」
 マキはこのレストランをよく使ってるらしく、
「いつもの」
と言うだけで、ウエイターが食事の準備を始める。
「そろそろ私も引退ね」
「いくつになった?」
「女に歳を聞くものじゃないわ。30歳になる。秘書課では2番目の古参」
 ワインが運ばれてくる。マキは酒が強い。いつも一人で1本空ける。
「最近彼氏を変えたらしいね」
 思い切って切り出す。彼女にはストレートがいい。
「私の秘書課にも、スパイを飼ってるのかしら?今度は社長」
「これはまた?」
「会長も皺いし、取締役もね。私約束守らない人は嫌いよ」
「何か約束してたんだ?」
「功労金でクラブを買って貰う約束だったのになあ、契約不履行よ」
「それを社長に挿げ替えたわけだ」
「それもある。でもあんたも調べていると思うけど、今度の戦いは会長は不利よ」
「独自の情報があるわけだ」
「鈴木も最近は会長の信用がもう一つ薄れている」
「柳沢開発部長が1歩リードと言うことだね」
「どちらに転んでもいいように、もう1本命綱掴んでおかないこと?」
 確かに今の流れは不可解だ。
「ということで部屋をとってあるわ」









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嫉妬心

 マキの携帯を久しぶりに呼び出した。
「会長室です」
 営業用の愛想のよい声が響く。
「周平です」
「久しぶりねえ、少し待ってね」
 急に打ち解けた声になっている。
「最近匿名の仕事でどこに潜ってるの?」
「早い情報だね」
「あんたの課の動きは筒抜けだから」
 笑い声がする。課の誰かが抱き込まれているのだろう。
「久しぶりに、食事でもと」
「そうね、私も話したいことがあった。いつもの店で、そうね、8時には行けるわ」
 そこまで言ったら、他の電話が入ったらしくぷつりと切れた。
 周平は、昨日のラフな服を着てそのまま部屋を出た。先ほどのロシアの女の子が管理室に入る背中が見えた。
 表に出ると、ホテル街を曲がりながら池袋の北口に向かって歩く。少しは街の構造が理解できて来たようだ。
「狐だね」
 思わず、背中から声をかけられて、びくっと振り向いた。ホテルから出てきたようで、女が背中を向けて反対の方に歩いている。
「思わない場所だな?」
「こちらはいつもの逢引の場所だよ」
 ケイ君は笑いながら行きつけの喫茶店に案内する。
「案外、狐は本物の詐欺師かもね」
「彼女?」
「まあね。心の掴めない彼女だよ。団長だよ」
「まさか」
「でも内緒に願うよ。仲間のマドンナだからな」
 周平は妙な嫉妬心を感じて驚いた。







 

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兆候

 周平は朝、加瀬に電話を入れた。
「今日は直接、ある人物と会う。特にこれといった問題はないね」
「手伝うことはありませんか?」
「そうだな。これは内々に調べて報告してくれ。田上専務のグループ分けを再調査してくれ。それとああこれはこちらでやる」
 会長秘書のマキの件は周平自身がやろうと思い直した。
「それと分かる範囲で赤坂プロジェクトの資料を集めてくれ」
「それは直接取締役から調査の依頼がありましたよ」
「いつ?」
「そうですね、もう1か月前でしたね」
「報告は?」
「昨日やっと出しましたよ。取締役もあまりご存じではなかったことがたくさんあったようです」
「席を変えて、もう1度掛け直して」
 周平は、格子戸の窓ガラスの外を始めて見た。高い壁に沿って細い路地がついている。その路地はくねくねと長い。若い女の子がその壁の中から現れる。その上にはラブホテルのネオンが見える。
「ここは安全です。今赤坂の資料をもって、応接室に入って鍵をかけました」
「それで?」
「借り入れとしては2000億ほどですが、不明の貸付金が多く確定数字ではないです。3年前から始まっていて、不動産事業部ではなく、開発部扱いになっていますね。開発部と言ったら新らしくできた部で、今の社長が反対をして揉めたやつです」
「そうだったなあ」
 今回の人事異動で取締役に昇進した。
「柳沢部長ですよ。最近は会長の子飼いとしては一躍伸びています。取締役もライバル心を起こされているようです」
 会長は、鈴木部長と柳沢部長を使い分けているということだ。
 若い女の子が、路地の途中に立ち止って格子の中の周平を見ている。ロシア系の顔だ。
「借り入れはS銀行系列が8割を占めていますね」
 社長が反応するわけだ。これではメインが社長の出身M銀行から実態はS銀行に移ってしまっている。






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もつれた糸

 轟と池袋の彼の馴染の店で飲む。
「あの女は?」
「まさかと思ったが間違いない。会長の秘書だよ」
「よくあるパターンじゃないの」
「彼女は鈴木取締役のこれだ。彼女は取締役に会長の情報を流している。それに抱いたこともある」
「難しい関係だね」
 彼は考え込んで、
「ギブアンドテイクの仲で行かないか?」
と言う。
「この情報はしばらく二人の秘密にしたい」
「もう少し裏を取るのか?」
「それもあるが、この商売はフリーターみたいな仕事でね、情報は小刻みに値打ちをつけて渡してゆく。そうしないとすぐに飯の食い上げになるさ。彼女は本当はどちらのスパイかこれは興味がある」
「始めてのかたよね」
 和服姿のママが顔を出す。どうやら話していた入れあげている彼女らしい。40歳を少し越したところか。
「今日は懐かしい背広姿ね」
と言ってビールを注いでゆく。和風スナックだろう。女の子がもう一人カウンターの中に入っている。
「国崎さんはあれで皺いのさ。ある程度読めてきたら、若いものを使って済ませてしまう。それはそちらのサラリーマンの世界もよく似たもののはずだ。専務の件はちょうどいいネタだから流すよ。女は待ってほしい」
 頷く。舅と国崎に体よく使われていては危険だ。
「ところで赤坂開発はどこまで情報がある?」
「大体調べているが・・・」
「国崎さんに頼まれた?」
「ああ、大手のS建設会社、N電鉄、S銀行も絡んでいるな。それに珍しい銘柄も混じっている。今売出し中のベンチャー企業も」
 その名前が出たので小林の顔が浮かんだ。彼も重要なキーマンだ。
「ただ、それぞれが組んでいるようではないんだ。お互いに赤坂村の票取り合戦をしているように見える。お互いに値段を釣り上げている。投資額は1兆は下らないだろう」
 もう少し時間をかけてこのよじれた紐を解く必要がある。どうも本筋が見えない。
 今日は、池袋のねぐらに泊まろう。






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初仕事

 轟の呼び出したホテルに着く。M商事からさほど遠くない。国会議員とよくここで打ち合わせで待ち合わせする。国会議事堂からすぐのところにあり、簡単に打ちわせには便利な場所だ。大きな喫茶ルームがあって、一人で轟がガラス越しに座っている。サラリーマンの格好になっている。周平は逆に場違いなラフな姿だ。
 メモ用紙に、「耳を澄ませて」と書く。
 ウエイトレスに小声でコーヒーを頼む。轟の視線が、植木の向こうの席を見ている。周平は途中で買った週刊誌を広げて、座っている二人の男の横顔を見る。一人はM商事の社長の顔だ。こんなホテルで、まさか秘書とコーヒーを飲むというようなことはないはずだ。
「もう一人は?」
 轟のメモ。彼は盗聴をしている。
「あのプロジェクトは調べられたか?」
「不動産部長を読んで聞きましたが、赤坂の地上げをしているということですが」
「それは分かっている。どこと組んでいるのだということだ」
 周平はメモ用紙に、当社の専務と書いた。この専務は、昔、社長有力候補の一人だった。いつの間に、社長派になっていたのか?これは課の調査にも出てきていない。すべての取締役は、それぞれのグループ分けで管理されている。これは加瀬係長の範囲の仕事である。
「このプロジェクトは会長マターで、開発部が担当しているようです。数社の会社が絡んでいるようですが、それぞれはダミー会社を使っているので登記ではわかりません。当社もかなりダミーを入れているようですが、2500億は下らない投資はすでに」
「銀行の方でも心配している。頭取から直接話があった」
 銀行はM銀行と書いた。社長の出身元の銀行だ。
「不正融資?」
「今、銀行の方でも支店長を調べている。彼の直属は、副頭取だからね」
 携帯が入ったらしく、社長が頷いて立ち上がる。
 轟のメモ。「もう一つ確認してくれ」
 轟は勘定を素早く済ませると、予め予測していたようにエレベーターに向かう。周平は、離れてその後ろを追いかける。社長はエレベターの前に悠々と立つ。ここは一緒に乗り込むべきか。轟は首を横に振って、一人だけ乗り込んでゆく。
 すぐに轟から「32階」と一言あり同時に乗り組む。
 エレベータがついたとき、社長の背中が見えて、思わず自分の目を疑った。









 

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白壁の病院

「取組中かな?」
 ドアが開いて、一人の男が入ってくる。どうも激しいデープキッスを見られていたようだ。少しばつが悪い。
 カオルは平気なもので、まだ周平から離れようとしない。
「この人、目玉さん。いつもの挨拶して!」
 こくりと頷くと、大きな目玉を両手で摘まんでいる。
 ころりと大きな目玉が二つとも掌に。
「二人が真っ裸でも、まったく見えませんから」
「ビールと豆腐があるか見てみるね」
 常連の一人のようだ。まことに慣れたように止まり木にかける。
「明日は、出番でしたね」
「そうよ」
「やはり劇団の?」
「2年前にお仲間に入れてもらいました。舞台に立つのが、生きがいになってるのです」
「病院の舞台は欠かすことなく見ていましてね。それで団長に頼み込んで」
「病院?」
「この裏に白い塀の病院があるんです。それでこの店はホワイトドームと前の店のママが付けたんです」 
 確かに、路地の突き当りに長いずいぶん色あせた白い壁があった。始めは、刑務所かとも思うような高さだ。
 カウンタの中からカオルの声がする。
「狐さんよ」
「それはまた変わった名前で」
「詐欺師」
「いやそれはそれは」
 目玉さんは両眼を元に戻そうとしているが、左の黒目がずれている。
「左が」
「やはりずれてるんですね。落ち着きが悪い」
 うまく修正している。
「ところでホワイトドームはやはり病院関係者の方が多い?」
「いや、患者のたまりですよ。ここのママの旦那さんも20年も病院におられた。ママは通うのに便利なこの店を始めたと聞いています」
「カオルも1か月に1度通ってるよ」
 カオルが顔を出した時に、携帯が鳴る。









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ホワイトドーム

 映子に、今日は帰らないというメールを送る。このメールを早く送ると、次の日はやたらと機嫌がいい。会社には、飲み会後直帰!という在り来たりのメールを流す。
 夕暮れている終電の駅を降りて、思い出しながら歩く。迷路の街だ。ホワイトドームというスナックの名前が見当たらない。やはり一筋間違えたのか。轟が用意してくれていたラフな普段着に着替える。体型は調べてくれたようだ。こんなラフな格好をしたのは、大学以来だ。
 路地を曲がろうとすると、ゴミ箱に腰かけていた女が声をかけてくる。
「遊ぶの?」
「いや、この辺りにホワイトドームていうスナックなかったかな?」
「ホワイトドーム?知らないね」
「可愛い女の子のいる店だけど」
「カオルちゃんの店ね。それならそこの半開きになっている店よ」
 確かに、どこにも看板がかかっていない。いや、ペンキが薄れてしまったようだ。これでは一見の客は入らない。
「誰かいるかな」
 薄暗い店の中には誰もいない。でも間違いなくこの店だ。
 仕方なくカウンターにかける。
「狐だ!」
 わっと飛びついてくるものがあった。
「みんなは?」
「今日は別の店でお芝居よ。これには私の出番はないから、お留守番」
 周平はじっくりとカオルを見つめてみる。それほど歳がいっているようには見えない。
「ビール抜くわ」
 小皿にピーナッツを盛ってくれる。
「この辺りでお仕事?」
「ああ」
「詐欺師って楽しそう!私にも役をちょうだい」
「どうしても詐欺師でないとダメみたいだなあ」
「私詐欺師に恋した」
というなり吸盤のように吸い付いてくる。煙草の臭いが少しする。中学生ではなさそうだ。
「呼吸ができないよ」
「団長も好きだけど、やっぱり狐がいい」








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相棒

 二度目のねぐら訪問である。
 管理人室からは、電話の若い女の声がしている。長い廊下を抜けると、契約した部屋がある。無意識にポケットを探って少し古臭い大きめの鍵に触れる。ほとんど同時にドアが開く。
「先に寄せていただいていました」
 部屋に中に、いつの間にか、冷蔵庫、テレビ、パソコンと生活感が溢れている。
「パソコンは重要なものは打ち込まないでください。個々の管理はこちらでやります」
「国崎さんですか?」
「轟というものです」
 肩書のない名刺である。
「何でも屋というか、国崎さんとはもう10年の付き合いです」
「少し聞いていいですか?」
「私にわかる範囲で」
 冷蔵庫から缶コーヒーを出してくる。
「あなたの嗜好までは聞いていないので、微量甘く口です」
「ここで私は何をすれば?」
「今のところ何も仕事はありません。ただ私は相棒になりますから、精一杯のお節介を焼きますね。ここに関われている人は私も含め、みんな欲望で動かされている人たちです。ただ、欲望と言っても、身の丈に合った欲望で付き合うことです。私は金のかかる若い女に入れあげています。その資金がすべての欲望です」
「お幾つですか?」
「今年で、60歳になりました。この歳で地位や肩書はいりません。S銀行で課長まで行きましたが、使い込みでお払い箱になりました。これも女だったんですよ。それで女房も家族も失いましたね。その時から、国崎さんの仕事をするようになりました」
「M商事の代表者の交代との時は?」
「はあ、あの時は後味の悪い思いでした。半年もその当時の社長を尾行しましてね。国崎さんがくっつけたママとの情事の写真を撮りましたね。そのママはあの頃の今の会長の愛人だったのですよ」
 ということは、今の舅の奥さんであるわけだ。
「それで、最下位の取締役が社長になるということが起こったのですね」
「どうせいずれその事実を知ることになりますが、これを相棒の印として節介焼きますね」
 どうもこの男とは組めそうな気がしてきました。





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裏方同士

「何時ぞやぶりですね。鈴木部長はお元気ですか?」
 ここは新橋にある、彼の事務所らしい。
「今日のセットは?」
「国崎さんですよ。そうですね。新しい名刺頂けますか?」
 ベンチャー企業の小林取締役がどこまで国崎と話が進んでいるのだろうか。薄ぺっらな取り持ち部長に見えたが、案外役者なのかもわからない。周平は名刺を出しながら、相手が出す前回とは別の名刺に目を通した。
「ファイナンス会社の社長なのですね?」
「会社を買い取って、ここに会社を移したところですよ。まあ、うちの社長は何をし出すかわからない。とにかくここに座っていろということで座っていますが」
 若い女子社員が、コーヒーを運んでくる。
「国崎さんとは?」
「ええ、一時はあそこで運転手をしていました」
「それなら鈴木とは?」
「いえ、入れ替わりだったようですね」
 今のベンチャーを調べてみたが、小林の名前は会社設立時の友人の一人と記されていた。
「確かに友人ではありますがねえ、詳しく言うと、一つ上の先輩になるんです。やはり会社を起しましたが、不渡りを出して国崎さんにお世話になり、そのうちに、国崎さんの命令でベンチャーの一員に加わったというのが事実ですよ。資金担当のような位置ですね。彼もそれをわきまえていて、私を会社の表には据えませんでしたよ」
 不満はあるようだ。だが腹を割る相手ではなさそうである。
「何か指示が出ていますか?」
「いえ、指示はあなたの方から来るものと聞いています」
 そう言う彼のところに先ほどの女の子がメモを持って入ってきた。
「今晩どうですか?副頭取がうんと言ってもらえば、・・・」
「銀行ですか?」
「今回、銀座の本社ビルを買うのです。この話を持ってきたのは、国崎さんですよ。S銀行の融資付きだということで、社長が乗ったのです」
「あの上場会社の本社ビルですね」
 M商事にもこの話はあったが、さすがにこの金額は役員会議でまとまらなかった。とくに反対したのは、ライバル銀行から来ていた社長だった。この融資額がS銀行から出れば、メイン銀行が入れ替わることになる。
 今度は小林は自分の携帯に出た。
「はあ、分かりました。今からあのアパートに来てくれと言えばいいのですね」
 どうやら、国崎からの呼び出しのようである。






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匿名

 帰りがけに、自分が飲んだと思う分だけのお金を貯金箱に入れて帰る。
 まるで昨日のことが夢のように、日常が始まる。でも不思議に、周平の心の中に拠り所ができたのはどいうことだろうか。
「課長!取締役がお呼びです」
 わざわざ朝一番取締役係の秘書が声をかける。
 加瀬係長が聞き耳を立てている。
 周平は長い廊下を歩いて、会長室の手前にある取締役の部屋をノックする。
 ドアを開けたところには社員が10人ほど並んでいる。ここでは会社の資料の整理や、イベントの準備や、総会対策あらゆることをしている。だが彼らにして、周平の課は同じ傘下でありながら謎の部屋なのである。
「入ります」
 軽いノックとともに部屋に入る。
 舅は大きな机の椅子にもたれて、ゆっくり煙草をふかしている。煙が周平に近づいてきそうな頃、ゆっくり立ち上がってソファに座る。周平は呼吸をはかるように、ソファに同時にかける。
「沖縄だったそうですね?」
「ああ、それはそうと国崎さんに会ったかね?」
「はい」
「多少は調べたのだろう?」
 話は聞いたという素振りである。
「会長が動き出した」
「いよいよ次の体制ですか?」
「今の社長が妙な動きをし過ぎる。だがそれは時間の問題だったがね」
「それが国崎さんと関係が?」
「いや、もっと大きな動きだ」
「会長も絡んでいる?」
「彼の後ろの組織が動き出した」
「後ろに組織が?」
「ある」
 コツコツとテーブルを叩く。これは舅の無意識の癖である。どこまで話すべきか考えている。
「実は、会長が社長に抜擢された時も、この後ろの組織が動いた。会長はどんな約束をしたのか知らないが、今はそこの中心メンバーの一人になっている。国崎はその命令で今回も動いている。私も会長から餌を投げられた」
「餌?」
「社長の席だ」
「11番目の取締役ですよ」
「昔もそうだった」
「国崎と動くということですね?」
「今度は段取りに時間がかかるだろう。君は一人で動いてもらう。経費はこの通帳で落としてくれていい。もちろん領収書などいらない。会社には匿名の仕事に就くということにしている。でも、今の会社に出てきて作業もしてもらう。二人の周平が必要なんだ。これから小林さんに会ってもらう」







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 再び、あの不思議なスナックの椅子にもたれている。
「詐欺師という条件で、歓迎するわ」
 相変わらず表情のない顔で団長が答える。ケイ君がにこにこ笑って隣の席にかける。
「詐欺師と呼ぶわけにはゆかないから、狐でいいかしら?」
「狐、悪くない」
 ケイ君が一人納得している。
「私はビールにするけど」
「同じので」
 いつの間にか、カウンターに6人ほどの顔が並んでいる。周平が周りを見渡していると、
「一人心配な子が欠けているんじゃないの?」
と笑いながら、ビールを注いでゆく。
「この子は、狐のファンだからね」
 ひょっこりとカウンターの中からカオルが顔を出してる。
「本当に鋸で引きはしないよ。カオルがあんたを呼ぶって言わなかったら、この席に座ることはなかった。でも、座ったことがいつの日にか後悔することになるかもね」
「団長らしい言い回しだよ。この俺もそう言われたが、結構楽しんでいるよ」
 ケイ君が話をとりなしている。
「カオルさんもビールを飲んでるが?」
「ああこの子の好物だよ。でも歳は見た目より上だから心配はいらない」
「歳は言わないこと!」
 カオルの目が吊り上る。
「これはクラブの厨房で頂いたものだから、遠慮なくいただいて」
 さっとあちらこちらから手が伸びてくる。カオルが周平の分を皿に分けてくれる。
「この集まりは劇団か何か?」
「何かちょっとましなことをしようと5年前から始めた。もともと本業はスリ集団だね」
 ケイ君が悪ぶりもなく言う。団長も否定しない。
「このスナックは昨年亡くなったママからいただいた。家賃さえ払えば使えるようにしてもらっている。この2階にカオルと私が住んでいる」
「姉妹?」
「あまりまとめて質問はしない。なんでも、最初から分かってしまったら面白くない。狐も、最初は詐欺師からの出発よ」





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