夢追い旅 2019年08月
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青春

「最近ケイ君見ないが?」
 10時過ぎにホワイトドームに戻る。赤坂の調査票をここ3日かけて作成していたのである。取りあえずM銀行に提出する体裁だけはできた。投下額合計に未購入部分だけは明白になった。ただ不可解なことが多すぎる。まず投下額と売買購入金額が全く合わない。
「今晩には戻るって電話があった」
 周平はカウンターの端に掛ける。まだ7人ほどがワイワイとしゃべって飲んでいる。
「どこに?」
「京都」
「まさか?」
「そのまさかよ。太田黒が電話を入れてきて、狐を思い出したって」
「怒ってない?」
「いいえ、なんだかどこかで会っていたような気になってたのよ」
 ビールの小瓶を抜いて渡す。
「私の横で写っていたのが狐だとはねえ。でもそれ以上は思い出せないのね」
 ちょうどドアが開いてばつの悪そうなケイ君の顔が覗く。
「裏切ったわけやないで!」
 周平は黙って椅子を譲る。
「ここが松七五三聖子の下宿だ」
 写真をカウンターに置く。団長は取り上げて見つめているが、記憶にはないようだ。彼女の下宿は2階にあって大きな瓦屋根に夏場は蒲団を出して月を見ながら寝たことがあった。周平もその友達もよく泊まったことがあった。できたのはその友達が先で、周平が割り込んだ形になった。いや二人彼氏のような関係だった。そこに太田黒が絡んできたという感じだった。
「私って誰とも寝る女だったのね?」
「いや俺たち二人だけだったと思う」
 それほど3人がいる時間は長かったように思う。
「私にも青春があったのね。でもこの話はカオルには内緒よ」









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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

見えないもの

 M商事の会長に変わってベンチャーの旗手社長の名前が経団連の副会長に上がった。
 相談役に頼まれて周平は朝から赤坂のM商事の未販売地と登記を現地で確認している。周平の課と不動産事業部で合同で10人体制で始めたが、日が暮れるころになっても、半分も進まない。これはM銀行に提出を求められている。
「少しいいかい?」
 周平の背中にジャンバー姿の轟が立っている。路地の細い道を抜けて赤坂見付の古い喫茶店に入る。
周平がコーヒーを頼むが、轟はビールの小瓶を頼んでいる。
「チンピラの死体は正式に毒殺と判定されたよ。近くにマドンナの黒革の鞄があった。警察は取りあえず押収して帰ったがそれほど重要なものとは見ていない」
「そうだろうな」
「そこまでは警察にはまだしゃべっていない。証拠がないからね」
 携帯が鳴ってここで解散するがいいかと尋ねてきた。取りあえず委員会の委員だから。それで周平もビールの小瓶を頼む。
「それが一つ黒革の鞄の中を刑事に見せてもらって、あの加瀬の首つりのロープの切れ端を見つけた。写真を撮って少し拝借した。それと加瀬のロープと比べた。同じものだ」
「やはり柳沢は絡んでいたんだな」
「そうだ。あの尾行は無駄ではなかった。ロープを買った店も見つけた。とても若い可愛い女の人が買ったので店員が覚えていた。店の防犯ビデオを元刑事に調べてもらうさ」
「マドンナは共犯だな」
「分からんね。なんでも決めつけないことにしている」
と言いながらポケットから小さく折りたたんだ謄本を出してくる。
「マドンナのマンションは分譲マンションだ。持ち主は鈴木取締役だぜ」
「まさか!」
「女は分からんぜ。女で身を持ち崩した俺が言うんだからな」
 轟は妙に自慢していう。











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吹き溜まり

 今日は休日だが団長とケイ君ら役者の面々は前衛劇場に朝から詰めている。周平は用意されていた朝ごはんをカオルに作って食べさせた。ちょっとした間隙を抜いてカオルが体を求めてくる。夏蝉のように少しの時間でも惜しむようなセックスである。
「もう寝た方がいいよ」
「一緒に寝て!」
 だがいつの間にか寝息がする。体力がなくなってきているようだ。蒲団を被せて店に降りる。
 目玉さんが座っていてビールを飲んでいる。
「みんなといかなかったんですか?」
「いや、今日の芝居には出番がないわ。それよりカオルは?」
「今寝ましたよ」
「狐はこれからどうするんや?」
 カオル達には周平はいつまでも詐欺師の狐なのだ。
「もちろん生まれてくる子の」
「気張らんとええで。カオルの子はみんなが面倒見る。ここにおる男達はみんなカオルの父親や。めくらのワシでも何度も抱いてもらった。狐の子でよかったいうもんや」
 周平も隣にかけてビールを開ける。
「カオルはいつから病院に?」
「そうやな。団長が来るもう少し前やったかな。母親が未熟なカオルを連れて病院に来とった。齢は二十歳くらいの時やったかな。時々売春でお金を稼いでたみたいやな。この辺りはそういう女の子が多かったわな。それがいつの間にか母の姿を見んようになったな」
 カウンターにカオルの写真を出してみせる。全裸の写真だ。
「ここの男はみんなこれを持っている。カオルが1000円で売っとった。みんなの恋人やったわ。それが団長と一緒に生活するようになった。ホワイトドームはどぶ川の吹き溜まりのようなとこやが、俺たちには最高の安息場所や」
 ひょっとしたら伯母にとっても新世界という町がそうだったのかと周平は思う。
 いつの間にかカウンターに電線の雀のように常連たちが並んでいる。みんな思い思いに飲み物を出してきて、あてに鋏を回してあけている。であるだけのお金をせんべいの空き瓶に入れてゆく。







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 旗手社長の携帯に電話を入れる。舅の話をそのまま伝えた。
「今2か所からSハウスに赤坂の土地の売りの話が来ている。その一つがM商事できっと不動産事業部のラインだろう。もう一つがS銀行からだそうだ。しばらく様子を見よう」
「パーティ券の話は?」
「ミーから聞いた。手配しておいた。ミーを抱いたかね?」
「まさか」
「彼奴の体はいいよ。一度抱いておくんだ。好みだって言ってたよ。今赤坂ため池のビルにいるんだが、ちょいと付き合わないか?」
 周平は腕時計を見る。6時を過ぎている。
「15分ほどで行けます」
「着いたら声をかける」
 周平は相談役の部屋を覗いて、談合があるので出ると伝えて外に出る。どうも最近は相談役の側近と見られているようだ。
 どうやらファイナンスの会社に来ているようだ。ため池の角地に来るとガラス張りのビルを見上げる。
「ここだ」
 屋台の中に引っ張られる。
「同じのを入れてやってよ」
 コップ酒に熱燗を入れてもらう。
「あまり似合わないですね」
「だろ?誰も見つけられないさ。創業の頃ここに連れってきてくれた社長がいるのさ。暇ができたらここで飲むようだ。初心忘れべからずだそうだ。このコップを手にすると身が引き締まる」
 周平は逆に通天閣の街が懐かしくなる。街がおぼろげながら映る。そして伯母の顔がいつまでも若いままで浮かんでくる。もう会わないと言われて頑なに守っている自分がそこに入る。
「君はいつまでM商事にいるんだね?」
「よく分からなくなってます」
「人生は短いよ。すべきことが山のようにある」
 何か自分に話しかけているような響きがある。
「日本を動かす。世界を動かす。それが夢だ」











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男と女

 会長の経団連副会長の推薦が取りやめになったという記事が一般紙に出た。それに合わせて社長が相談役を会長に提案しているかのような噂が流れている。田上専務が退院してきてその会議に出席している。彼も今のポジションを守るのに必死である。今は加瀬の自殺説が主流のようだが、まだブラックジャーナルの情報が信じられている。
「今手が空いているか?」
 舅からの内線である。
 不動産事業部に入ると、応接に通されてコーヒーが出る。
「待遇がいいですね?」
「君はもう部下ではないしね、それに強いラインを握っている」
「もうフラフラですよ。でも旗手社長はご存知でしょう?」
「ああ、だが信頼されなかった。彼の信頼がなければあのメンバーにいてもだめだ」
 そういうところが旗手社長と合わないのだろう。
「ところで相談だが、Sハウスと繋いでくれないか?」
「急にSハウスという名前が?」
「君の談合先で、旗手社長のメンバーでもあり、赤坂の隣接地を押さえている」
 どうやらかなり調べだしたようだ。
「あそこなら幹線道路に繋がるから欲しがる思うがね?」
「確かにそうですが、M商事の赤坂の土地はいわくつきですし、実際にまとまっていません」
「条件を付けてくれてもいいし、単価を叩かれてもやもえん」
 この土地の処分が大きな山になってきている。頭の中で旗手社長の顔が浮かぶ。その横の国の土地の話が漏れる前にたたきたいところだろう。
「談合先の部長でどこまで話になるか分かりませんが。ところでマドンナとは?」
「柳沢と私とどっちを取るか見ていたまえ」
 舅は柳沢がマドンナのマンションに出入りしていることも知っているようだ。そこまで賭ける必要があるのだろうか男と女のことは分からない。










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ミー

 やくざの兄貴が賭博の件で警察に上げられた。轟の情報では別件捜査のようである。
 旗手社長から携帯が入ってミーと一緒に前回の議員にもう一度革鞄を届けてくれということである。旗手社長は今岩手にいるようである。
 議員会館の前に車が止まっていて、ミーがスーツ姿にサングラスをして降りてくる。革鞄を受け取ろうとするが、がっしり抱えて話さない。目で先に入るように促す。
 やはり前の秘書が出てくる。前と違って目が笑っているようだ。また二人して革鞄を置いてトイレに立つ。
「そちらあっちだよ」
 周平が女トイレを指す。でも聞こえないように男子トイレに入る。そして急所をつかんでにたと笑う。
「あんたもつかんでみる?」
「まさか」
「そのまさかよ」
 応接に戻ると、議員本人が座っている。
 ミーが秘書の名刺を出す。
「こんな秘書さんならどこにでも連れて行きたくなるな」
 打ち解けている。どうやら話はまとまったようだ。
「来月にパーティがあるんだけどもね、秘書と話しておいてくれるかな?」
 そういうともう次の客のところに出かけてしまう。
 議員会館を出ると、ミーが車を走らせて六本木のマンションの地下に入る。
「セックスは求めないからお酒は付き合ってよ」
 部屋には大きな動物のぬいぐるみが並んでいる。
「私も社長と同じで信頼できないと組まない。互いに信頼するためには本当の姿も見せないとね。あなたにはなんというのかからっとした陰りがあるのよ。社長にも私にもある」
「幾つ?」
「25歳になったわ」








 

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落としどころ

「どうぞ」
 M銀行の頭取室に入る。
 ソファの両端に監査役と舅、反対側に黒崎が座って真ん中に頭取が掛けている。この体制なら周平は黒崎側に座ることになるだろう。
「そろそろ結論を出しませんか?」
 頭取が口を開く。
「もともと同じ穴の貉だったんですから、確かにいろいろ動きましたからねそれぞれが」
「そもそもS銀行の頭取とは話がついたのですか?」
 黒崎が口を開く。
「そうですね。S銀行さんも営業本部長を系列の不動産会社に送ります。赤坂はもともとこちらが始めだしたものですからね。ただ銀行が直接できないもので何社かに相談しました」
 淡々と話す。
「M商事もここまで来たら整理しないとと思いますが、会長も力をつけられて容易には降ろせないとこに来ています。それに当銀行の出向社長が役割を忘れて」
 ははあと力なく笑う。
「彼にも別の仕事で帰ってもらいます。とは言え」
「刑事事件まで起こしています」
 黒崎が監査役を始めとした事件について言っているようだ。
「そうです。それなりの落としどころが必要ですね。ただまだ公にできないことも多くあります。それにそんなにうまく解決できるかもわかりません。思いがけない時代の力が動いています。新しい人たちの力もついてきていますしね」
「思わない力とは?」
 相談役が初めて口をはさむ。
「一つはバブルですよ。日本は力以上に伸びすぎました。それに合わせて自由化の流れが止められません。まずこのメンバーでは停戦としましょう」
「止めれない流れも?」 
 黒崎が旗手社長たちの流れを指して言っている。
「それは仕方がないですよ。それが時代が求めているのなら」














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チンピラの仏

 Kジャーナルで藤尾の名を伏せた記事が田辺一郎の名前で活字になった。
 会長がS銀行の頭取に呼ばれたようで、昼一番で柳沢を載せて社用車で出かけて行った。社長室では社長派が朝から部屋にこもりきりである。相談役はM銀行の頭取に会いに舅を連れて出かけた。こんな調子では会社の業績も上がることがない。最近は中間派に相談役を推す声が出始めている。
 背広のバイブレターが鳴って携帯を覗く。そのまま応接室に入って鍵をかける。轟からだ。
「お宅の記事が出たな」
「ああ、今どこだ?」
「黒崎さんの事務所だ。あのチンピラの死体が出たんだ。それで刑事から内々に説明を聞いていた」
「どこで見つかった?」
「熱海の山だ」
「それなら加瀬が自殺した・・・」
「そうだ。そこからそんなに遠くない。近くの人が散歩に来て発見して届けたらしい。この刑事には黒崎さんから写真が渡されていたようだ。それでわざわざ仏さんを確認してくれた。身元が分かるものは何一つなかったが、顔が潰されていたわけでもなかった。先ほど本人確認に刑事が出かけた」
「あの兄貴の事務所か?」
「そうや。毒殺らしい」
「経緯は?」
「おおよそ説明した。兄貴はとぼけているが、この刑事はマークしたようだ。それがこの現場にあのマドンナの革鞄が出てきたのだ。それでこれから刑事と一緒に出かける。それから」
と言いかけた時に、相手の声が黒崎に代わる。
「今どこだ?」
「会社ですよ」
「用事を作ってM銀行の本店に来てくれすぐだ」
「名前は?」
「M商事の鈴木周平でいい」
とは言われたが、すでに離婚届を出して田辺周平に戻っている。もちろん会社では今まで通り鈴木姓のままだ。












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ねじれ

 旗手社長から携帯が入り、藤尾から赤坂購入の真相を記事にするように頼まれた。真相は別に自分に聞かせてくれという条件付きで、記事は会長を追い詰める内容でという注文である。藤尾には小林から連絡が入っていて、久しぶりに赤坂の地上げ現場で二人で酒盛りすることになった。 
「藤尾さんは真実だけ話してくれたらいいですよ。脚色はこちらの方でします。藤尾さんの名前も出しませんし、不利になるようなところはカットします」
と言ってお椀に日本酒を注ぐ。
「そうですね。もともとは会長直々に呼ばれて、赤坂の地上げを不動産事業でしてもらうということから始まりましね。当時の不動産事業部長が反対していたので私に番が回ってきたのだと思いますわ」
「どういう説明でした?」
「名前は明かせないが数社で赤坂を上げるということで、資金はS銀行から出るとも」
 この辺りは旗手社長の説明通りだ。
「S銀行では誰に?」
「クラブで会長にS銀行の営業本部長の紹介を受けました。会長は次期頭取だと言ってましたわ。それ以降は支店長と融資はしてもらっています。ほとんど詳しい調査はなくお金が出ていましたね」
 部屋の石油ストーブで熱いぐらいになって藤尾はシャツ一枚になった。
「その数社というのは想像つきますか?」
「それは現場でぶつかるのではは~んと気が付きましたよ」
「名前はいいです。このベンチャーの会社もS銀行から金が出ていますね?」
「でも担当支店が違うんですわ。これは噂ですが、赤坂は営業本部長から頭取直轄になったようで」
 二つの支店名を書いてもらいます。これも派閥争いか。会長は営業本部長のラインである。
「いつ頃からこのねじれが起こったと思います?」
「うん、辞める半年前から急に買いのスピードが増し始めたな。その頃から会長の裏金抜きが頻繁になったわ。立ち退きの和解金が抜かれるので、心配になって会長に一言言ったんですわ。何しろあの金が合わないとなるとこちらの責任になるんや」
「その裏金の通帳は?」
「柳沢に引き継ぎましたわ。それからあの事件が起こって退職したんですわ」
「会長は藤尾さんが目障りになって、柳沢がそれにうまく乗ったということですね」
「通帳のコピーはとってますわ。必要ならだしまっせ」








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対面

 先月から団長に20万円を入れている。ほとんどホワイトドームから出勤している。カオルの調子は少しはよくなっているが、1日の半分は寝ていないとダメなようだ。彼女は顔を見るとセックスを求めてくるが、団長が許さない。医者から注意をされているようだ。かといって団長に体を求めるわけには行かない。変な三人の生活だ。
 休日は夕方まで周平が何もなければカウンターに入る。でも客は勝手にビールを出してきたり、つまみの袋を出してきて食べて、自分で勘定をを済ませて帰る。無人販売機のようなものだ。夕方になって、団長が買い物に出かけて付きだしを作る。食事は定番のものをみんなが頼む。ちょっとした共同生活のような店だ。病院関係者が大半だ。古い医者や介護士も来るようである。
 今日はまだ団長は買い物から戻っていない。カオルは濃厚なキッスをしてから眠ってしまった。
 いつの間にか轟がカウンターにかけて自分で湯割りを飲んでいる。
「呼んでくれりゃいいのに」
「何を言ううんや。やってるのに声かけられんやんか」
「悪いな。今日は黒崎さんの?」
「いや、団長のリンチ事件の調査や。お金は先払いでいただいてるものでね」
 元刑事上がりに頼んでいた件だ。
「リンチ事件では1人死亡している。別の大学の学生だ。2人は重体で救出されていた。加害者と思われるのは同じセクトの学生だ。7人いたと記録されている。名前が記録されているのが5人。ここに例の太田黒の名前も松七五三聖子の名前も出ている」
 指名手配を受けた時の二人の写真をカウンターに置く。サングラスを外せばこれは太田黒と判別する。だが、松七五三聖子は記憶に重ならない別人のようだ。口を真一文字に結んでいる。
「逃亡した学生は一人も見つかっていない。ダチの元刑事が重体の一人の身元を見つけた。女性で今は結婚して子供もいるようだ。同じ大学で松七五三にオルグされたようだ。タンカーに乗る話になっていたが仲間割れになったらしい」
「これが私かあ」
 白い指が写真をつまんでいる。前のサングラスの太田黒が見せた写真とまたずいぶん変わっているようだ。
「気の強そうな顔してるね」
































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茶番劇

 今日はM商事の役員会に出席することになった。
 赤坂の処分についての臨時の役員会で、M銀行の指示で相談役が調査委員長として招集、周平は調査委員の一人として参加することになった。舅が現状の説明をする。ある意味ではまた舅の参加に入った形である。だが今は周平は旗手社長に魅力を感じ始めている。
「ジャーナル誌を調べた結果、ベンチャー会社がこれ以上赤坂の物件を買う気がないのはどうも本当のようです」
 壁に赤坂の地図が映し出されている。お仲間の土地買収の情報も入っていないし、国の土地も白紙でマークもされていない。結局会長も利益ばかり考えて将来の構図が見えていない。柳沢はただ買い込んでいただけである。
「残地の投下資本は1000億ですが、現状で購入先はありません。地上げが未完成なままで、接道もない評価が限りなく0に近い。不動産事業部ではお手上げですね」
「会長は?」
 社長がここぞとばかりに口をはさむ。
「もともとすべてを買い上げる予定だったのにつべこべ口をはさむからこうなる」
「その件は今は繰り返しても、M銀行の回答が先です」
 相談役が一番若い常務を見る。彼は最近相談役に回っている。
「M銀行はこの回答次第ではしばらく融資は見合わせると言っています。S銀行は赤坂にはもう融資しないと」
「いえ、支店長からは追加担保を500億も言われています」
 経理部長が譫言のように言う。
「S銀行はわしから話をする」
 会長はもう切れそうだ。昔だったら誰もここまで追い込みはしない。それだけ会長の力は弱くなっている。ただ社長も連座の責任を取らされている。今入院している田上専務のことが重たい。
「警察のほうは?」
「顧問弁護士の説明では監査役については事故の見方が強いようです。加瀬さんの自殺も今のところ新しい事実は出ていません。でもご存知のように田上専務に疑いはかかっています」
「赤坂は?」
「Kジャーナルとは接触ができていません。他の大手の週刊誌も書き始めています」
 まるでマッチポンプのような状態だ。舅がどこまでつかんでいるかだが・・・。
 どちらにしても会議のための会議でしかない。

















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密談

 旗手社長の車に乗り込むと、議員会館に吸い込まれてゆく。周平は運転手から黒革の鞄を預かって、秘書よろしく社長の後ろを追いかける。社長は顔を合わせてから一言も口にしない。黒崎とも違うし舅とも違う。必要がないからしゃべらないという感じだ。
「先生はもうすぐ国会から戻られます」
 秘書がそれだけ言うと、部屋を出てゆく。
「地図はしっかり頭にあるか?」
「はい」
「赤坂の土地の中に未回収部分に国の土地がある。広大な面積でどんと幹線に接している。ここが入るか入らな いかで土地の価格に大きな差が出る。もともと不可能として計画外にしていた。M商事の会長にもこの情報はない。だが黒崎さんの昔の議員ルートで道が見えた」
「買い上げるのですか?」
「いや、新しいビルの中の専有部分と等価交換する。だが、もちろん簡単なことではない。その交渉を君に根気よくやってもらう。黒崎さんが君が適任だと言う。ほんとは黒崎さんにお願いしていたのだが、あまりにも顔がさすらしい。この業界ではまだまだ彼は有名人なんだ」
 この人はズバリとものを言う。
「二人でトイレに行く。その時この鞄は忘れてゆく」
「お金が?」
「ああ、金額は知らないほうがいい。それから議員と会うことになるが、こちらが手ぶらで帰ることになったらひとまず成功だ」
 緊張が見て取れる。
「トイレをお借りしても?」
 入ってきた秘書に声をかける。彼も承知済みのようである。二人で退席する。
 10分ほどかけて、トイレに並ぶ。すると先ほどの秘書が
「どうぞ」
と声をかけてくる。
 ソファの上にもちろん鞄は消えている。
 テレビでよく見る顔だ。
「今後は彼が寄せていただきます」
 握手を交わすと、5分で会談はお仕舞だ。

 



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貉同士の戦い

 団長のリンチ事件については轟の仲間の刑事上がりに頼むことにした。
 黒崎のところは作業ごとに現金で支払いがされるが、ベンチャーの旗手は定額で振り込みがある。Nビルに呼び出しがあり、出かけてみるが今日は藤尾が顔を出した。ミーが二人分のコーヒーを入れてくれる。
「今度は秘書室長ですね」
 藤尾がどこまで聞かされているのか分からないが、陽気に声をかける。
「藤尾社長に赤坂の近況を聞いておいてください。1時間後には社長と出かけていただきます」
 ミーが冷たく言い放つと、応接室を閉める。
「貴方が仲間でほっとしましたよ。どちらかと言うと黒崎さんや小林さんは肌に合わないのですわ」
と言いながら、赤坂の地上げの地図を広げる。
「社長は隠し事は嫌がりますから、現状の話をしっかりします。2回に分けてM商事から買い取った部分は緑と黄色の区画です。で赤い部分がまだM商事で抱えているところです」
「この水色の部分は?」
「これは当初からこの会社が買い上げていた部分です」
「同じくらいの広さで紫色の地域が点々とありますが?」
「これはお仲間の会社が買い上げている部分です」
「お仲間?」
「もう何人かは会われたと思いますよ。実はM商事の会長も初めはお仲間の一人でした。それが途中でS銀行と組んで暴走し始めたようです」
「それでは説明がつきませんよね。S銀行は今こちらの会社についていますよね?」
「よく分かりませんが、S銀行にも派閥があるようで、頭取争いをされている方が会長についているということです」
「M商事も同じ貉ですね」
「あたしには関係ない話ですが、今の状態ではM商事の土地は死地です。実はこの紫色の部分のさる会社ならその土地は幹線に繋がるのですよ。ぎりぎりまで引っ張ってそこに繋いでほしいこれが社長の本音です」
 どうも自分では説明しないタイプのようだ。だが、専門家の説明のほうが理解しやすい。
「もうすぐ車が付きます。出かけてください」
 ミーの声がドア向こうでした。








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過去の扉

 今日はカオルが店に立っている。団長もカオルが子供を産むのを渋々認めたようだ。
「周平は血液型は?」
 ケイ君が聞く。
「O型だ」
「俺もOだ。困ったことだな。カオルもOだ」
 カウンターの端でぼそぼそと言う。
「確率から言うと、俺の子供の可能性が団長の言うように高い。だがそれでは子供は不幸になる」
「ケイ君らしくないな」
「いや、フェアーじゃないような気がするんだ」
「時々遊んでやってくれればいいよ」
 周平は妙に子供が産まれることで道に迷っている自分が救われるような気持になっている。舅に言われたわけでないが、離婚届も判を押してポストに入れた。ただ彼があそこまでマドンナに惹かれているとは思いもしなかった。男と女は分からないと思う。
「そのぐらいにしてカオルは上でゆっくりしなさい」
 団長が降りてくる。昨日は真夜中までクラブで舞台をやっていたようだ。
「狐は会社じゃないの?」
「さぼりだよ」
 小声で言う。カオルは周平を詐欺師として疑っていないのだ。でもまあ、詐欺師のような仕事をしている。
「あのリンチ事件を詳しく調べたいの」
「ああいいよ」
 ケイ君が周平の顔を見て答える。
 どうもサングラスの男、太田黒から何か情報を得ているようだ。
「それは詐欺師の狐が調べよう」
と言って団長からリンチ事件の記事のコピーを受け取る。






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迷走

 再び会長の別荘に入ったという報告が轟から入ったのは昼過ぎだった。途中で高速のパーキングに入って、それから何の変化もなく別荘のガレージに滑り込んでいる。ガレージは連絡が入っていたのか、シャッターが開いたままになっていて車ごと吸い込まれたというのだ。しばらく監視を続けるということである。
 団長に携帯を入れるが、いつもと様子が違うので、カオルをもう一度病院に連れて行くとのことだった。
 タクシーを拾って走り出した時に、ケイ君から携帯が入った。
「少し雑音が入るがどこから?」
「新幹線の中だから」
「どこに行っていた?」
「それはないでしょう。京都・・・」
 そこでいったん切れる。
「トンネルに潜るとダメだね。東京駅には30分後に着くが会えないか?」
「何か分かった?」
「ああ、一度一緒に入った喫茶店覚えている?2階なら空いているから…」
 またそこで携帯が切れた。
 その連絡の後から待っていたように携帯が鳴る。
「やられたぜ」
 轟の声だ。
「別荘の中に忍び込んだ。やくざの兄貴が昼過ぎに車を一人で出したのでな。買い出しだろうと思ったんだが」
「まさか」
「そのまさかだ。あのパーキングで車を乗り換えた。1分ほどパーキングに入るのが遅れた。管理人にも確認した。会長から電話が入って、昼に荷物を取りに来させるのでガレージを開けておいてくれと本人からだ」
「会長も絡んでいる?」
「積極的か消極的かはわからんがね」
 確かに、密やかに会長と柳沢は会長の自宅で会っている。
「これはまだ思いつき程度だけど、柳沢は会長を脅す材料でも持っているような気がするな」
 これは周平の独り言である。












 

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舅の読み

 さっそく原稿を書いて、黒崎のところに回した。
 とんでもない記事だ。今後ベンチャーは赤坂の地上げ地を買い上げないというのだ。M商事の未処分残地は幹線道路から離れた他人地に囲まれたいわゆる接道のない建築物が立たない土地ばかりになっている。明らかに意図して買い上げられたと思う。現在の土地だけで事業プランが立てられている。確かに現在売却した土地で利益は出しているが、残りは投下資本で類推しても1000億はある。これがただの紙切れになると言っている。
 黒崎のジャーナル誌が出ると、予想通りM商事はハチの巣をつついたようになった。
 即座に会長がS銀行の頭取に呼び出された。
 珍しく不動産部長になっている舅から呼び出しを受けた。
「さすが見込んだだけはある。懐に入ったな」
 二人だけになったのは久しぶりだ。
「離婚届けはまだ出してないようだな。娘と言っても会長の種だがね、先日子供が生まれて泣きついてきている」
「催促ですか?」
「いや単なる報告だよ」
 ゆっくり煙草を吹かす。
「会長は経団連の副会長のチャンスを逃すね。赤坂が命取りになる」
「予想していたわけですね?」
「ああ、なのに柳沢みたいなチンピラに乗って」
「だったら社長に乗るという手もあったのではないですか?」
「あれは捨て駒だね。M銀行の頭取の意志が全く読めていない。あの人は自分が繋ぎだということが分かっていない」
「では黒崎さんとは?」
「あの人は賭けに出ているんだ。ニューリーダーにかけている。だが年寄りたちの力はまだ絶大だな」
「マドンナのことは?」
 周平はまだ若い。ついつい内緒にしておくつもりのことを口にしている。
「そこが俺の弱点なのだなあ。好きな女は好きだ。だから柳沢と勝負をしている。マンションに時々柳沢が泊まっていることも知っている。だから勝負をしてやるんだ分かるか周平?」














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野望

 翌日ベンチャーの旗手に呼ばれて、昼過ぎにNビルの社長室に入った。黒崎曰く気に入られたようだ。不必要なことをしゃべらないのがいいらしい。
「ここは古い仲間ばかりいる。銀座の本社は顔だが、あそこは表の顔だ」
 そう言うと、若い秘書を紹介した。
「出入りは彼女の許可がいる」
 目力の鋭い冷たい感じのする美人だ。背は周平とあまり変わらないから170センチはあろうか。
 彼女が社章と名刺を渡してくれる。秘書室長とある。
「黒崎さんからお聞きですか?」
「ああ」
「いいのですか?」
「いいよ」
 そんなのどうでもいいというような響きだ。
「ミー今日の予定は?」
 猫の名前のようだ。
「3時から役員会議で銀座で6時までです。6時半S銀行の頭取と会食です。それから・・・」
 説明が続いているが、社長はそれとは関係なく引き出しからファイルを出してくる。でもミーはそんなことは無関係に明日の予定まで入っていく。
「ミーは3か月前まで銀座のグラブにいたんだ」
「またその話ですか?」
「此奴の秘密はいずれ彼女から聞くといい」
 話が終わらないうちに、ファイルを広げて次の話に移ってしまっている。
「赤坂の残りを叩いて買い取りたい。ただこちらで調べてみたが、不良品が多い。藤尾に調査させてみたが、この黄色の部分がババになる恐れがある」
 よく調べている。柳沢はもともと再開発ということを考えていない。見よう見まねで買い込んで見せているに過ぎない。その点、藤尾は地上げの基本を心得ている。主要な土地を押さえると、後は安く買いたたく気でいる。
「この記事を次は書くんだ。今度は自分で文書を練ってくれ」
 もうコートを手に外に飛び出している。
「社長あんなにしゃべったのは久しぶり」
 ミーが突き放すように言う。

















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ジャンル : 小説・文学

狼たち

 意外な結果でマドンナから遅れて出てきたのは舅の取締役だった。その電話をもらった時、思わず声を上げそうになった。あの舅が女性に恋するとはどうしても思えない。どう見てもマドンナは柳沢の女だ。でもなければ、加瀬の死の片棒を担ぐことなどするはずがない。だが、一切打ち明けない舅に告げ口をする義理もない。
 加瀬の後始末に新人を連れて回った。自殺したとなると悪い話ばかり出る。かなり強引に金をせびっていたようだ。それにツケが吃驚するほど出てくる。うんざりしてた頃にぼそぼそと携帯が入った。
「・・・」
 聞き取れない。携帯を見ると、ベンチャーの旗手からだ。
「新橋のNビルに来てくれないか?」
「何時に?」
「出来るだけ早く、下に来たら携帯を入れてくれ」
 それだけで切れる。
 Nビルに住んでいるという話は昔に噂で聞いたことがある。ビルの前まで来ると、社長の車がするりと出てくる。
 黙ったままで川崎まで走る。川崎に入ると細い路地の中をくねくね曲がる。1軒の古いスナックに入る。
「連れてきたよ」
「それはわざわざ」
 ソファにかけているのはなんと黒崎だ。
「もう20年来の悪がき仲間だ」
「私が一番若いが」
何人かは週刊誌やテレビで見た顔ぶれだ。
「いよいよ世代交代だ」
 だいたい40歳から50歳前半に見える。その中で黒崎が一番上だろう。8人ほどが気ままにグラスを傾けている。
「赤坂は俺たちでまとめ上げる」
「もちろんだ」
 彼らは口々にしゃべる。どうも周平の紹介などする気はないようだ。でもそのほうが気が楽だ。周平は水割りは苦手なのでビールを瓶ごと飲む。ママも客に酒を注ぐようなことをしない。
「この人たち狼よ!あなたは仮面を被った狼かしら?」











テーマ : ミステリ
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加瀬の死

 加瀬の記事が載った日に地元の人が首つりをしていた彼を発見した。現場には轟が向かった。柳沢は2日前から開発部に入って書類の整理をしている。開発部はすでに舅の不動産事業部に編入されて、赤坂物件の整理にあたっている。
 加瀬の最後の記事を読んだが明らかにこれは他人の書いたものである。専務の隠し口座が記されていたが、これも彼の知りうるものではない。だが関係者はこれから疑われることになるだろう。そこまですることはないだろうと周平はつぶやいた。
 ケイ君にマドンナの見張りをお願いした。マドンナも柳沢と同じ日に出社している。マドンナが会社を出ると、秘書課から電話をもらうことにしている。それをケイ君に連絡を入れる。彼はそこから尾行を始める。初日から期待はしていない。周平は警察が加瀬の関係者とマークする人物のリストを作っている。
「柳沢はいるか?」
 ケイ君が確認の携帯を入れてくる。
 7時を回ったから、帰る可能性もある。元開発部の部屋を覗く。柳沢の姿はなく、担当者が段ボールを並べている。
「調査役は?」
「はい、今会長室に呼ばれて入りましたよ。長くなりそうだから伝えておきますよ」
「いや、また覗く」
 廊下に出ると、ケイ君に携帯を入れる。
「今赤坂のホテルに入った」
「直接?」
「ああ、予約してたみたいだな」
「柳沢はまだいる」
 どうしてマンションで会わないのだろうか。
「相手が来るまで頑張るさ。写真もだろう?」
「ああ、頼む」
















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敗戦処理

「どうだはかどっているか?」
 不動産事業部に挨拶に行く。舅の最初の言葉がそれだ。血色はいい。柳沢の机に座っている。
「彼が」
と相談役の次男を紹介する。もう一つ線が弱そうだ。
 壁に大きな赤坂の地図が貼ってある。
「青い部分は?」
「すでに売却済の部分だ。800億ほどある。この黄色部分が次の売却予定地。600億はあるな。これは品川の土地に充てる」
 品川と聞いて藤尾の話を思い出した。ベンチャー企業が買い上げていた土地が確か品川だった。藤尾の言うには将来ここから新幹線が出るというのだった。
「この赤い部分は?」
「これが問題だ。土地と建物がまとまっていないうえに、ここに合わない金を集めている。この損害を埋めるのに今までの利益で収まるのかよく分からない。ここは底地から買いに入っている。立ち退きの即決和解についての書類がないんだよ。前の藤尾部長の係った部分が多い。その後を柳沢か継いでいるから尚たちが悪い」
 九州に行ってから舅は雄弁になった。
「やはり赤坂は手放すのですか?」
「会長はもう身の保身に走ってるからね。変わり身の早い人だ」
「足の抜けない柳沢がいますよ?」
「そう問題だね。彼は視野が狭い。勝ち負けにこだわりすぎる」
 でもあんたの弱点は女ですよと口に出そうになった。これは一度マドンナの件は洗いなおしたほうがよさそうだ。
「彼女と別れたのか?」
「いえ、一度会ってと思っています」
「未練があるか?」
「未練じゃないのです。新しい出発のけじめです」
「マキ君かい?」
「いえ」
今の気持ちは舅には一生理解されないと思う。

























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夢の中

 尾行が分かっていてはめられたのかどうかは分からない。
 久しぶりにホワイトドームに帰ると、カオルが寝ている。
「駄々をこねたのよ。帰るっていうことを聞かない」
 団長が呆れたという風に手を広げる。
「ご飯食べた?」
「いや」
 五反田でしばらく張り込みをすると言った轟にコンビニの弁当を買って別れた。
「焼うどんするからどう?」
 カウンターにでか鼻と3人組が仲良く並んでいる。
 周平は冷蔵庫からビールを出してきて瓶ごと飲む。団長はみんなの皿に焼きうどんを分けて並べる。
「サングラスに会ったんだってね?」
「ケイ君は狐の犬だからね」
 さほど怒った風はない。自分もビールを抜いて飲み始める。
「カオルの件もあるしね、いつまでも名無しの権兵衛ではいけないから」
「それで何か分かった?」
 財布の中から小さな写真を出してきた。
「名前は松七五三聖子って言うらしいの」
 まぎれもなく周平の恋人であった松七五三聖子だ。
「これは大やけどした私の書類に貼ってあったらしいの。彼が引き取り人だったようだわ。どうもあの時戦闘人としてある国に派遣されたのよ」
「彼は?」
「派遣担当者みたいな」
「やはり記憶には?」
「ない」
「今なら想像はつかないが・・・」
 あの頃、周平も松七五三聖子に誘われていた。半分は彼女と海を渡る気もあった。そんな時代で、そんな空気が流れていた。でも彼女が太田黒を選んだと思い込んでいた。太田黒はいつも彼女について回っていた。
「どうしたの?」
「いや、疲れたんだ」























 

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はめられた

 交互に寝ることにした。
 昼過ぎに交代する。轟の報告では二人はどこにも出ないで部屋に睡眠中の札がかかっているという。周平は廊下にいつまで立っていられないので、地下の駐車場までワゴンを覗きに降りる。相変わらず停まったままだ。運転手のチンピラが車に戻ってきていて、いつの間にかマドンナの旅行鞄がある。
 4時には轟とバトンタッチする。ワゴンにマドンナの旅行鞄が運び込まれていた件は伝えた。間を見てチンピラの写真を撮っておくと言っていた。
 6時に携帯が鳴って慌てて目を覚ました。動き出したのか。
「どこに行ってるんだ?」
 ケイ君の声だ。
「仕事で泊りなんだ」
「今団長とサングラスが会っている」
「あの事務所に出かけた?」
「いや、領事館に入った。もう1時間になる。最近の団長はピリピリしていたからね。何かあったのかい?」
 カオルの妊娠の話はまだ漏れていないようだ。
 ドアが開く音がして、轟の顔が覗く。
「ワゴンがいない」
「二人は?」
「貸切風呂に入っている。入るのも確かめた。今二人で出てきて急に清算をするようだ」
「それはなんだ?」
「分からん。こちらも清算を頼んでいる。そちらは見張りながら車に乗り込んでくれ」
 轟は慌ただしく部屋を出てゆく。
 大広間に出ると、二人がソファにかけている。ベルボーイがタクシーを手配したようだ。あの旅行鞄がなくなっている。ワゴンが運び去ったのだ。でも旅行鞄を積み込んだのにまだワゴンは停まったままだった。
「やられたかもしれんな」
 轟の予想通りにタクシーはわざわざ五反田のマンションまで走った。
 






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ワゴン

夜は交代交替で見張りをした。夕食は洋風のレストランで二人でお酒も飲んでいた。カラオケルームでもデュエット曲を何度も歌っている。目立ちすぎる行動が気にかかる。夜も寝ないでこちらは交互に部屋を覗く。完全な寝不足だ。
「こういう職業には付きたくない」
 つい愚痴がこぼれる。
 朝、確認の電話を入れる。とくに何もないというが途中で相談役の声に変わる。
「鈴木さんが帰って来るよ」
と言う。
「私の上司ですかね?」
「いや、不動産事業部長だよ」
「本丸に突入ですか?」
「これはM銀行の意志だ。会長との話で決まったようだ。息子もついでに課長で戻ってきた」
「よかったですね」
「出来たら戻ってきて手伝ってやってほしいんだが?」
「出来るだけ早く済ませて戻ります」
 携帯を欠伸をこらえながら切る。
 轟が目をしょぼしょぼさせて部屋に戻ってくる。
「今朝ごはんをわざわざレストランでとっている。どうも気づいているかもしれないな」
「張り込みを止めるか?」
「こういう時はワンチャンスにかけるか。粘り勝ちというやつよ」
「そういうのは得意じゃないな」
「でもな、何かするために熱海まで来ているはずだ」
「何かをするためにか」
 周平はご飯をかけこむと、レストランのに向かった。轟の言うように仲睦まじくまだ食事をしている。周平は思い出して、地下の駐車場を覗いた。ちょうどあのワゴンが入ってきた。食事後は動く気なのか。轟に連絡を入れた。温泉に来て二人ともまだ温泉に浸かっていない。
「あのワゴンは夜は?」
 警備員に尋ねる。
「夜はいなかったですね。送迎ですかね」








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夫婦連れ

 タクシーで五反田に着くと携帯を入れた。クリーニング屋の並びの電信柱に車を止めているという。
 歩いてゆくと、サングラスをかけた轟が運転席に座っている。
「車の中で会社に電話を入れた。マドンナは急に父親が病気なのでと早退したそうだ。合わせて2日間休みを取っている」
「何かあるな。その忙しい彼女がもう部屋に入って1時間以上になる。まさかね」
 轟がにやりと笑う。
 2時間は過ぎたころに、マンションの前にワゴンタイプの車が止まる。組が送迎用に使っている車のようだ。待っていたように玄関から二人が乗り込んだ。轟が頷いて周平にサングラスを渡す。ゆっくりと道を走り出す。
「周平はホワイトドームの姉妹のどっちなんだ」
「姉妹じゃない。同い年だ」
「まさか!」
「また個人的に力を借りる」
 話しているうちに、熱海温泉に入った。
「車の後ろを見ていてくれ」
 轟は追突されたことを思い出したようだ。あれも熱海の山だった。
「後ろは軽だ。でも加瀬を消すにはいい場所だな」
「それでマドンナを連れてくるか?」
 ゆっくりとホテルの地下に入ってゆく。周平が先に降りてロビーに回る。
 前もって予約を取っているようだ。サングラスをかけてチェックインを見ている。夫婦連れに傍からは見える。彼女の大きな旅行鞄を柳沢が持つ。ホテルマンが預かろうとするが拒んでいる。でも柳沢の荷物はない。轟が尾行を開始した。周平では面が割れている。
 小走りでフロントに寄った。
「先ほどの女性の付き人でして、何号室に入りました?」
「女優か?綺麗な人でしたものね」
 フロントが番号を教えてくれた。マドンナの本名の夫婦名で記載されている。
「できるだけ近くで空いてませんか?男2名です」
 とにかく張り込みだ。




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戸惑い

 子供が産まれる。周平には衝撃的だった。カオルの子供が自分かどうかはどうでもよかった。父親になるということが重たい。自分には母も父も記憶からない。伯母が忘れなさいと言った。でもあなたはそういう子供を作ったらだめよ。珍しく真剣な眼差しで言っていたのを思い出す。
 カオルはしばらく病院で検査を続ける。その間に考える時間はあると団長は言う。
 二人でホワイトドームのカウンターに肘をついて、ビールを飲む。お互いに一言でも言葉を発したら自分を押さえれない重圧を感じて、黙々とビール瓶を眺めては飲む。そんな時救いのように携帯が鳴った。
「轟や。今いいか?」
「ああ」
 団長が席を外そうとしたが、周平は首を振った。
「今柳沢が女のマンションに入った。合鍵を持っている。写真はおさめた」
「やはりな」
「今ダチに車回してもらった。何か取りに戻ったんやないかと思う。加瀬のところに尾行してみる」
「どこに?」
「クリーニング屋の並びの喫茶店にいる」
 そこでぷつっと切れた。
「団長には本当のこと話さないとと思っている」
「どうして私なんかに?」
「君だからだ」
 次の言葉が出そうになって再び携帯が鳴った。
「タクシーでマドンナが戻ってきた」
「早退したのか?」
「どちらにしても連絡を取り合っていたちゅうことや。加瀬を助け出せたら一挙解決や。今から来れるか?すぐ動き出したら、連絡を入れる」
 周平は広告の裏にタクシーと走り書きする。
 団長は無言で外に走る。
 携帯をポケットに入れると、鞄の中の給料袋を抜き出した。コートを着て外に出ると、団長が路地の端でタクシーを止めて手を振っていた。
 今夜は初雪がありそうだ。









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妊娠

 正式に加瀬の妻から警察に届けが出て、田上専務の2度目の任意聴衆が病院であった。それから会社にも警察がやって着ることになって慌てて人事部が解雇処分を発表した。当然警察はブラックジャーナル社にも入ったが加瀬の居場所は見当たらない。
 周平は事情を話して、轟に秘書課のマドンナの尾行を依頼した。ただこの情報を舅の取締役に伝えるかどうかは悩んだ。一切手の内を明かさない取締役の動きが想定できないのだ。
 今日は休んでくれと言われて、団長とホワイトドームの裏にある白壁の病院の待合室に団長と座っている。
「狐、いえ周平は離婚したらしいね?」
「狐でいいよ。まだ用紙を持ったままだ。心の整理ができていない」
「カオルは白血病なの。でも特殊なので治しようがない。カオル幾つと思っていた?」
「思ったより上だって団長が言ってたから、24か5くらいか?」
「32歳よ。私と同い年。彼女の言うには10歳ぐらいから背がぴったりと止まったって」
 ドアが開いて、看護婦が顔を覗かせた。
 中に入ると、ベットにカオルがいる。うれしそうに笑う。
 医者が苦虫をつぶしたような顔で、
「彼女は妊娠してます。でも病気が動き出しています。降ろされたほうがいい」
 それだけ言うとドアを出てゆく。かなり説明をしていたようだ。
「二人のベイビーよ」
 カオルが飛びついてくる。
「それは分からないわ」
 団長が一言いう。
「絶対狐だよ」
「だって」
「団長焼いてるんだ」
「カオルその頃ケイ君とも」
「そんなことはない絶対狐よ!」
「そのことはいいが、産むことが不味いと言っているんだろ?」
 周平が間に入った。





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別れの宴

 マキの退職が密やかにあった。おそらく社長が裏帳簿問題で探られないためでもあっただろう。表向きは会長が敬遠したことの噂になっている。だがマキは銀座マダムの実利を取ったと言える。周平に挨拶代りの最後の飲み会の誘いがあった。
「やっぱり来てくれたのね」
 マキらしくなく住んでいる蒲田の馴染の居酒屋に招いた。
 彼女は入社した時からここから通っている。舅の彼女になるまでは合コンにもよく顔を出していて、周平もその飲み友達の一人だった。送ってくると、もう1軒ここで飲んで別れた。
「お疲れさん!」
「うん、ありがとう!」
 ワインで乾杯する。
「引き際がマキらしい。ほっとしたよ」
「新しいマンションに移る?」
「ううん、ずっとここで頑張るわ。私の原点だから。あなただからはっきり言うけど、銀座のクラブはあたしの力で経営してゆくわ。だから社長の女の役もそんなに長くない。これは予感だけどね。社長も長くない気がする。ただのお坊ちゃんなの」
 マキはけらけら笑う。彼女は昔から動物的な感がある。
「銀座の資金は裏帳簿から出てるよ。どうせ調べてるんでしょ」
「マキのことだから資金は迂回してるんだろうな」
 公にする気は周平にはない。
「あなたはどうするの?」
「よく分からなくなっているよ」
「こんな騙しあいみたいな人生つまんないのもね。もう1本付き合ってね。今日は抱いてくれとは言わないから。どうも別人の眼の色になっている周平」












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糸口

 藤尾とは11時過ぎまで飲んだ。
 ホワイトドームに戻ると、珍しく店の電気は消えていて2階の蒲団に団長が包まっている。周平は松七五三聖子の学生時代の顔を思い出して、蒲団の中の背中を抱いた。確かにピクリと動いた気がしたがいつの間にか眠ってしまった。
 朝は5時間ほどの睡眠で飛び起きて、私服に着替えてタクシーに飛び乗った。
 6時過ぎに、藤尾の描いてくれたクリーニング屋の隣のマンションの前に着いた。轟には何度か連絡を入れたが応答はない。往来はまばらなので、1時間ほどマンションの玄関が見える範囲で5度ほど往復をした。轟の気持ちがよく分かる。ロシアの少女にも2度携帯を入れているがこれも応答ない。ちょうど道路の駅側の端に来た時に、玄関からサラリーマンの男女が別々に出てきた。
 一人がマドンナの秘書課の女性に間違いない。周平は新聞紙を広げて、電信柱に隠れる。ただ彼女をこのマンションで発見しても問題は片付かない。このマンションにいるのが舅なのか、柳沢なのか、果たして一人住まいなのかだ。
 8時になって、直行の連絡を課に入れた。
 入れ違いに団長から、
「背広じゃないから心配したよ」
と連絡があった。それから10分してロシアの少女から連絡があり、こちらに準備してきてくれることになった。
 マンションから周平の顔見知りの出入りはない。半時間ほどで彼女が到着した。
「鍵開けるのね」
 そういうと堂々とマンションの中に入ってゆく。501号室に着くと、電気メーターを確認している。それから手袋を出して周平にも渡す。あまりにも簡単に鍵が開く。周平だけが靴を脱いで部屋に上がる。やはり誰もいない。彼女が無言で小型カメラを渡す。
 衣装ケースに男物の背広が掛かっている。ポケットに手を入れるが何も出てこない。箪笥の上を見ると、二人で並んで写っている写真がある。柳沢だ。日付も新しい。彼とは別れていなかったのだ。ということは舅がはめられたことになる。拡大写真を2枚撮った。念のため彼女の部屋も背広が写るようにとった。










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落とし穴

 M銀行頭取の圧力と相談役の根回しで空白になっていた監査役を就任させた。これについては社長派が賛成に回り会長がやむ得ず認めた形となった。彼は前の監査役の直属の部下で人事移動で子会社の経理部長に島流しになっていた。当面部屋が手当てされるまで、周平の相談役の部屋の机に座る。
 今会長派も柳沢部長の疑惑を抱え、社長派も田上専務の疑惑を持ち動きづらい状態になっている。ただ優勢に展開をしている相談役もこれといった決め手がない。相変わらず監査役の事故死の警察の調査も進んでいない。追突犯のチンピラの存在も不明だ。そこに加瀬の暴露記事が混乱を生み出している。警察は田上専務をマークし始めている。
 周平は部下に任せていた談合に久しぶりに顔を出す。ここのところ入札については全敗だ。
「珍しいところで会いましたね?」
 銀座のクラブのトイレである。赤ら顔の藤尾である。
「社長ともなれば接待ですか?」
「いや、小林さんの慰労会ですよ。あの人は好きですからね。こちらはコップ酒で十分なんだが」
「帰り軽くいきますか?ちょっと聞きたいこともあるので。きっと私と会うといえば小林さんはOKくれますよ。このビルの1階の赤提灯の店にいますよ」
 周平は部下にもう1軒を任せて外に出た。
 20分して藤尾が店に入ってきた。
「田辺さんの名前は絶大ですな。小林さんは聞くなりOKして次の店に行きました」
「相変わらず梯子が好きなんですね」
 藤尾の好きな熱燗を注ぐ。
「ところで柳沢が中途採用だったことはご存じ?」
「ええ、会長と親しいとも彼自身飲んでよく言ってたね」
「不動産は?」
「あれは素人やった。ただ接待はうまかったわ。とくに相手が女に弱いとうまく料理しとった。博打もそうやったかな」
 今度はコップで熱燗を注文している。
「藤尾さんの思い出したくないマドンナのことですが、私の情報では今は鈴木取締役の女だという噂ですが?」
「私も彼女を犯したとして首になったので、償いをしようとしてマンションをそっと探りましたわ」
「彼女は実家から通っていたのでは?」
「実家は3年も前に出ています。時々飲んだ席で柳沢が五反田の彼女のマンションに泊まった話をしていました」
 周平は落とし穴にはまったような感覚である。
「藤尾さんの事件とほぼ近い時間に鈴木取締役は彼女とできています。それで彼女は秘書課に移籍している。これは間違いなく取締役が動きました」
「いやに詳しいね」
「ある事件の調査で取締役を調べていたんですよ」
 鞄から紙を取り出して、五反田の地図を書いてもらった。

































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国籍がない

 細い坂道の前でタクシーを下してもらった。周平はまず思い切って事務所を覗いてみることにした。周辺に大使館が多いところだ。地図の事務所も大使館に隣接した白塗りのレンガ造りのビルの中にある。ドアに横文字が並んでいる。ベルを押したが返答はない。そのまま1階のレストランを覗いてみる。姿はない。
 2番目は路地の奥にある。まず観光客や普通の人は覗かない店である。ドアの前に中東系の衣裳をまとった女性とビジネスマンが話し込んでいる。周平はスーツ姿にビジネス鞄を抱えている。
 ドアを押すと思ったより中は細長く広い。外国人の店員が軽く会釈する。窓際の視線にぶつかり、そのまま近くのテーブルに座り込む。団長がこちらを発見したようだ。黒サングラスの男の背中が見えている。
 そのまま立ち去ってしまうかと思ったが、団長は視線を戻して何か話しかけている。周平は鞄の中の新聞を広げてコーヒーを注文する。どうやらケイ君は新聞記事の切り抜きは渡していたようである。リンチ事件逃亡の記事である。団長が太田黒の名前を呼んでいる。黒サングラスの男は首を横に振っている。そして急に立ち上がると支払いを済ませて出て行ってしまった。団長は周平に手招きをする。
「凄い尾行だこと」
「危ないと」
「まずありがとうと言うべきね。お互いにコーヒばかりじゃ。カレーでも頼む?」
「彼太田黒だった?」
「答えないけど、間違えない。そして二人には国籍がないとも言ったわ」
「国籍が?」
「二人とも行方不明者になっているの。私は元から記憶がなかったからだけど、彼はさる国の駐在員としてここにいるらしいわ」
 窓から路地の階段を下りてゆく太田黒の背中が見える。
「私の青春時代に何があったのでしょうね?」
「他人ごとに聞こえるな」
「今まで他人事だったというべきね。でもこれからはもう一人の自分も探してやらないとね」
「協力させてくれ。こちらも自分を失おうとしている」
 正直な気持ちだ。













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プロフィール

夢人

Author:夢人
これは30年前から書き始められた小説です。
日記風に手書きされた原稿にもう一度読み返して書き加えたものもあります。この小説は本来活字にはしないことにしていましたが、某社長がなくなれた記念碑で発表を決意しました。

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