夢追い旅 ねぐら
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ねぐら

 押し入れから初めて東京に就活に出てきたときのスーツに久しぶりに手を通した。お腹周りが何となく苦しい。
 もう何年も貼りっぱなしになっている空室ありの張り紙のある年代物のアパート。
「先ほど電話した田辺です」
 つい昔の名前を使っていた。
「空いている」
 乾いた声がして、厚化粧の60歳がらみの女が顔を出す。
 机があって、電話が何台も並んでいる。若い女が2人交互に全く違う店の名前で電話に出ている。
「厄介ごとはお断りなんだから…」
 最後はぶつぶつで独り言のようだ。無造作に紙と鉛筆を出す。
「好きな名前と住所を書いたらいい。形式だからね」
 周平は田辺の後はでたらめな名前を書いた。住所は西成のアパートの番地を書いた。西成という字を見た時だけ、周平の顔を見上げた。
「懐かしいな…」
 これもぼそぼそ独り言。
 それから急に立ち上がると、机の上の鍵を掴むようにとって廊下に出る。2階建てのモルタルのアパート。でも以外に細長い。一番奥まで来ると、鍵を開ける。
「蒲団はすぐに使える」
 窓に鉄格子が入っている。
「牢屋じゃないからね。ここは昔キャバレーの寮だったのさ。今はいわくのある・・・。トイレは共同だから。今のところ男はあんた一人だから・・・。鍵は、こいつを使っとくれ」
「支払いは?」
「済んでいる」
 周平一人部屋に残して出てゆく。周平はこの部屋の臭いから、久しぶりに叔母の臭いと同じものをかいだ。叔母との記憶は周平5歳の時から始まる。孤児院に入れられていたそうで、5歳の時急に叔母が現れて、周平を自分のアパートに連れて帰ったのである。
 どれほど部屋にいたのか、舅からの携帯だ。
「手続きは済んだか?」
 まるで隠しカメラでも見ていたような言葉だ。
「アパートの前に車が止まっている。君の写真は渡してあるから、その車に乗ってくれ」
 取締役の仕事運びは昔からこの調子だ。最後の最後まで手の内を見せない。












  
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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夢人

Author:夢人
これは30年前から書き始められた小説です。
日記風に手書きされた原稿にもう一度読み返して書き加えたものもあります。この小説は本来活字にはしないことにしていましたが、某社長がなくなれた記念碑で発表を決意しました。

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