夢追い旅 国籍がない

国籍がない

 細い坂道の前でタクシーを下してもらった。周平はまず思い切って事務所を覗いてみることにした。周辺に大使館が多いところだ。地図の事務所も大使館に隣接した白塗りのレンガ造りのビルの中にある。ドアに横文字が並んでいる。ベルを押したが返答はない。そのまま1階のレストランを覗いてみる。姿はない。
 2番目は路地の奥にある。まず観光客や普通の人は覗かない店である。ドアの前に中東系の衣裳をまとった女性とビジネスマンが話し込んでいる。周平はスーツ姿にビジネス鞄を抱えている。
 ドアを押すと思ったより中は細長く広い。外国人の店員が軽く会釈する。窓際の視線にぶつかり、そのまま近くのテーブルに座り込む。団長がこちらを発見したようだ。黒サングラスの男の背中が見えている。
 そのまま立ち去ってしまうかと思ったが、団長は視線を戻して何か話しかけている。周平は鞄の中の新聞を広げてコーヒーを注文する。どうやらケイ君は新聞記事の切り抜きは渡していたようである。リンチ事件逃亡の記事である。団長が太田黒の名前を呼んでいる。黒サングラスの男は首を横に振っている。そして急に立ち上がると支払いを済ませて出て行ってしまった。団長は周平に手招きをする。
「凄い尾行だこと」
「危ないと」
「まずありがとうと言うべきね。お互いにコーヒばかりじゃ。カレーでも頼む?」
「彼太田黒だった?」
「答えないけど、間違えない。そして二人には国籍がないとも言ったわ」
「国籍が?」
「二人とも行方不明者になっているの。私は元から記憶がなかったからだけど、彼はさる国の駐在員としてここにいるらしいわ」
 窓から路地の階段を下りてゆく太田黒の背中が見える。
「私の青春時代に何があったのでしょうね?」
「他人ごとに聞こえるな」
「今まで他人事だったというべきね。でもこれからはもう一人の自分も探してやらないとね」
「協力させてくれ。こちらも自分を失おうとしている」
 正直な気持ちだ。













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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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